巽孝之

巽孝之：アメリカ文学研究の第一人者にしてSF界の重鎮

巽孝之氏(1955年生まれ)は、慶應義塾大学名誉教授であり、慶應義塾ニューヨーク学院学院長を務めるアメリカ文学者です。その活動はアメリカ文学研究のみに留まらず、SF評論家としても知られ、両分野に大きな足跡を残しています。本稿では、彼の多様な経歴と業績を詳細に探ります。

学術的経歴と研究

上智大学英文科教授であった巽豊彦氏を父に持ち、幼少期から敬虔なカトリック信徒として育ちました。家系には、南方熊楠と交流があった祖父や、衆議院議長を務めた叔父など、著名な人物がいます。彼自身の学術的キャリアは輝かしいものです。上智大学文学部英文学科卒業後、同大学院博士課程を単位取得満期退学。その後、慶應義塾大学法学部助手、専任講師を経て、文学部助教授、教授に就任。1984年にはフルブライト奨学生として渡米し、コーネル大学大学院でジョナサン・カラー氏に師事、Ph.D.を取得しています。

帰国後は慶應義塾大学で教鞭をとりながら、アメリカ文学、特に近現代アメリカ文学を専門に研究を続けました。脱構築や新歴史主義といった現代批評理論を駆使し、植民地時代から現代に至るまでのアメリカ文学史に新たな解釈を与えた『ニュー・アメリカニズム――米文学思想史の物語学』は、彼の代表作の一つです。同書は後の『アメリカン・ソドム』『リンカーンの世紀』『モダニズムの惑星』へと続く四部作の礎となりました。彼の研究は、日米文学の比較研究にも及び、サンディエゴ大学教授ラリイ・マキャフリイ氏との共同研究も開始しています。さらに、英語による著書『Full Metal Apache』をデューク大学より刊行し、国際的な舞台でも活躍しています。

SF界への貢献

巽氏の活動は学術界にとどまりません。学習院中等科時代からSF同人誌『宇宙塵』に参加し、1970年には自身で同人誌『科学魔界』を創刊。長年にわたるSFファン活動の功績により、柴野拓美章を受章しています。『科学魔界』は2007年まで刊行され、その後は他のSF同人誌と合体した『SFファンジン』へと発展を遂げました。彼は日本SF作家クラブ会員であり、国際SFシンポジウムの企画にも携わるなど、SF界においても重要な役割を果たしています。

多彩な著作活動

巽氏の著書は多岐に渡り、アメリカ文学、SF、批評理論など幅広いテーマを網羅しています。代表的な単著として、『サイバーパンク・アメリカ』『現代SFのレトリック』『メタフィクションの謀略』『日本変流文学』『アメリカ文学史のキーワード』などがあります。また、編著書も多く、アメリカ文学史やSF研究の現状を反映した内容となっています。翻訳活動にも携わり、ダナ・ハラウェイらの『サイボーグ・フェミニズム』を小谷真理氏と共訳するなど、多様な視点から知識を共有することに貢献しています。

人物像

母親の介護中に、妻であるSF評論家・小谷真理氏を「徹底的に甘やかす」という作戦を実行したエピソードは、彼の温かい人柄の一面を伺わせます。学部時代はイギリス文学を専攻し、サミュエル・ベケットと安部公房の比較文学研究で卒業論文を執筆。多様な分野への関心の広さが、彼の幅広い活動の源泉となっていることがわかります。

受賞歴と社会的活動

彼の業績は高く評価されており、日本英文学会新人賞、日本SF大賞、星雲賞など数々の賞を受賞しています。また、日本英文学会、日本アメリカ文学会、アメリカ学会、日本SF作家クラブなど、多くの学術団体やSF関連団体で要職を務め、学術・文化の発展に貢献してきました。フルブライト奨学生として2度渡米し、国内外の大学で非常勤講師を務めるなど、国際的な交流にも積極的に取り組んでいます。

まとめ

巽孝之氏は、アメリカ文学研究者、SF評論家、そして教育者として、卓越した能力と多様な活動を展開してきた稀有な存在です。彼の研究は、アメリカ文学やSFに対する理解を深める上で貴重な貢献を果たしており、今後の活動にも期待が寄せられます。

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