幕末の通貨問題

幕末の通貨問題は、日米和親条約締結後に、日本と諸外国との間で金銀の交換比率が大きく異なっていたことが原因で発生しました。この問題は、日本から大量の金が海外に流出するという深刻な事態を引き起こしました。

江戸中期までの状況

戦国時代末期から江戸時代初期にかけて、日本では金銀の生産と流通が活発になりました。特に銀の生産量が増加したため、金銀比価は1:10、1:12程度と、海外に比べて「銀安」の状態でした。このため、日本からは銀が中国やヨーロッパに輸出され、逆に金が流入するという構造が生まれました。鎖国後も輸出が続き、17世紀前半には東アジア全体で金銀比価は1:13前後に落ち着きました。

一分銀の発行

江戸幕府は、本位通貨を金とし、銀は丁銀や豆板銀といった重量で価値が決まる秤量貨幣として流通させていました。しかし、江戸後期になると、幕府の財政難を背景に、額面が記載された計数貨幣である一分銀が発行されました。

1837年（天保8年）に発行された天保一分銀は、一両あたりの銀含有量が少なく、幕府は改鋳利益を得ることを目的としていました。その後も安政一分銀が発行され、一分銀は銀貨流通の主流となりました。幕末の開港時には、金銀比価は1:4.65と、海外の1:15.3とは大きな差がありました。

開国に伴う通貨交渉

日米和親条約締結後、日本は西洋貨幣との交換比率について交渉を行いました。幕府は、日本の本位貨幣である金を基準に1ドル＝1分を主張しました。しかし、米国側は金貨と銀貨を同種同量で交換すべきと主張し、合意に至りませんでした。

その後、米国総領事ハリスは、市中に流通している一分銀の量目が少ないことを指摘し、1ドル銀貨と一分銀を1:3で交換すべきだと主張しました。幕府は、実質価値の低い名目貨幣である銀貨は国際的には通用しないというハリスの主張を受け入れ、1ドル＝3分の交換比率を承諾することになりました。

金の流出

日米修好通商条約の原案では、日本通貨の輸出は禁じられていました。しかし、幕府は外貨の通用を許可する代わりに、貨幣交換条件を削除することを申し出ました。結果として、外国商人が1ドル銀貨を3分に交換し、それを小判に両替して海外に売却することで莫大な利益を得ることが可能になりました。

当時、1ドルは一分銀3枚と交換でき、それを両替商で小判に交換すると、1ドルが約4ドル相当の価値になったのです。このため、大量の小判が海外に流出し、ハリス自身もこの両替で利益を得たことを日記に記しています。

安政二朱銀の発行

幕府は金の流出を予想していましたが、国内に十分な銀がなかったため、銀の量を増やした一分銀を発行できませんでした。そこで、外国奉行の水野忠徳は、貿易取引に限定して1ドル＝1分となる新通貨、安政二朱銀を発行しました。

安政二朱銀は、1ドル銀貨のほぼ半分の量目を持つ貿易専用通貨でした。同時に、幕府は安政小判を発行し、金銀比価を国際水準に是正しようとしましたが、外国人領事の抗議により、わずか22日間で二朱銀の通用は停止され、安政小判も4ヶ月足らずで鋳造停止となりました。

米国での交渉

日米修好通商条約の批准のため米国へ派遣された使節は、非公式ながら通貨交渉を行いました。目付の小栗忠順は、一分銀と一分金を分析させ、一分銀35.6セントに対して一分金が89セントに相当することを突き止めました。小栗は、洋銀と一分銀の交換を禁止し、一分金との交換を行うべきと主張しましたが、米国側は合意しませんでした。

万延 小判の発行

幕府は、小判の海外流出を防ぐため、金銀比価の是正を迫られていました。しかし、銀の増量は難しく、金貨の量目低下は物価高騰を招くため、消極的でした。外国人領事は、金銀比価を是正するように要求し、幕府は金貨の量目を大幅に引き下げることになりました。これにより発行されたのが万延小判です。万延小判は、含有金量が大幅に減少し、慶長小判の約8.1分の一となりました。

このため、激しいインフレーションが発生し、物価は乱高下しました。実際に通貨の主導権を制したのは、万延二分判でした。幕末期の商品価格表示は、流通の少ない小判の代わりに二分判や二朱判などで行われるようになりました。

流出の具体的な量と影響

日本からの金貨の流出量については、正確な数値は不明ですが、開港からの半年で10万両から50万両とも言われています。ただし、国内経済への影響は一時的なものであったと見られています。最近の研究では、流出規模はそれほど大きくなかったとの見方も有力です。

幕末の通貨問題