平井英子

平井英子（ひらい ひでこ）は、大正末期から昭和初期にかけて日本の童謡界で一時代を築いた、そして後に流行歌の世界でも成功を収めた歌手です。1918年（大正7年）1月13日、東京府東京市四谷区塩町（現在の東京都新宿区）に林秀（はやし ひで）として生を受けました。結婚後の姓名は鈴木英子、あるいは鈴木英となりましたが、歌手としては旧姓の平井英子として知られています。

幼い頃から音楽の才能を示し、7歳の時には文豪・幸田露伴の妹で著名なピアニストだった幸田延子にピアノを師事しました。さらにその後、数々の名曲を生み出した作曲家の中山晋平の門下に入り、歌手への道を歩み始めます。

1928年（昭和3年）、平井英子は10歳という若さで日本コロムビアの前身であるニッポノホンから童謡歌手としてデビューを果たしました。その透き通った幼い声はすぐに評判となり、日本ビクター（現JVCケンウッド）が設立されると同時に専属歌手として迎え入れられます。ビクターでは、作詞家・野口雨情と作曲家・中山晋平という童謡界の巨匠コンビが手がけた楽曲を中心に歌い、多くの子供たちや大人に愛される存在となりました。また、佐々紅華が作詞・作曲した楽曲も多数レコーディングしており、平井自身は特に佐々紅華から可愛がられたと語っています。佐々紅華の作品は全て好んでいた中でも、1929年（昭和4年）に発表され大ヒットしたお伽歌劇『茶目子の一日』は、特にお気に入りの一曲だったと述懐しています。

童謡歌手としての活動は順風満帆でしたが、1934年（昭和9年）、16歳となった平井は変声期を迎えます。これを機に童謡歌手としての活動に一旦区切りをつけ、より専門的な学びを深めるため、武蔵野音楽学校（現武蔵野音楽大学）の声楽科へ進学しました。

音楽学校卒業後の1936年（昭和11年）には、流行歌手として新たなキャリアをスタートさせます。童謡歌手時代の清純なイメージから一転、より大人の魅力を感じさせる歌声でリスナーを魅了しました。特に、喜劇俳優の岸井明とのデュエットによる『煙草屋の娘』は社会現象となるほどの大ヒットを記録し、流行歌の世界でも確固たる地位を築きました。岸井明とは他にも数曲のデュエット曲をレコーディングし、息の合った歌唱を披露しています。

歌手として絶頂期にあった20代半ば、平井英子は当時所属していたビクターの専属作曲家、鈴木静一と結婚しました。これを機に、歌手としての全ての活動から身を引き、音楽界から完全に姿を消しました。以降は市井の人として静かに生活し、表舞台に出ることは一切なくなったため、長年にわたりその消息は不明となっていました。

しかし、引退から数十年が経過した2014年、ビクターエンタテインメントが平井英子のベストアルバム『スター☆デラックス 平井英子』を企画・発売するにあたり、その所在確認が行われました。その結果、同年10月時点で健在であることが判明し、長年の沈黙を破る朗報として音楽ファンの間で話題となりました。晩年は東京都内の老人ホームで穏やかに暮らしていたといいます。

そして、2021年2月21日午後5時30分、老衰のため103歳という高齢でその波瀾に満ちた生涯に幕を下ろしました。この事実は同年5月13日に報じられ、大正・昭和の歌謡史に大きな足跡を残した偉大な歌手の死去に、多くの人々が追悼の意を表しました。

平井英子は、その類稀な才能と歌声で、日本の童謡、そして流行歌の歴史に欠かせない存在として今も語り継がれています。

代表曲（一部）

『てるてる坊主』（1928年）
『あの町この町』（1928年）
『証城寺の狸囃子』（1929年）
『茶目子の一日』（1929年）
『兎のダンス』（1929年）
『村祭』（1930年、文部省唱歌）
『砂山（中山晋平作曲版）』（1931年）
『あめふり』（1931年）
『十五夜お月さん』（1932年）
『シャボン玉』（1934年）
『ミッキイ・マウスの結婚』（1934年、藤山一郎とデュエット）
『タバコやの娘』（1937年、岸井明とデュエット）
『姑娘可愛いや』（1939年、岸井明とデュエット）

アルバム

『SP原盤による 平井英子のどうよう』（1987年）
* 『スター☆デラックス 平井英子』（2014年）

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