平光清

平光 清（ひらこう きよし、1938年7月15日 - 2011年8月9日）は、プロ野球の審判員として長年活躍し、引退後は野球解説者としても活動しました。選手としての経験は、大学やプロ野球にはありませんでした。その明晰さからか、「先生」「審判先生」という愛称で呼ばれることもありました。出身地は東京都大田区ですが、生まれは岐阜県です。

経歴

慶應義塾の普通部から高校、大学（経済学部）まで一貫して学びました。高校・大学時代は野球部のマネージャーを務め、特に「早慶六連戦」の際には4年生としてチームを支えました。大学卒業後、1961年に日本通運に入社。会社員として働く傍ら、東京六大学野球連盟などで審判活動を行いました。

1965年、セントラル・リーグの審判として採用されます。同年4月10日の開幕戦、大洋対国鉄戦（川崎球場）で右翼外審として一軍デビュー。わずか3日後の国鉄対広島戦（明治神宮野球場）では早くも球審を務めるなど、デビュー初年度からセントラル・リーグの中心審判として頭角を現しました。1968年には審判員交流制度を利用してパシフィック・リーグでもグラウンドに立ち、1992年に退職するまでの通算出場試合数は3062試合に及びます。

プロ野球の二軍で経験を積まずに一軍審判となった数少ないエリート審判であり、高校野球（全国高等学校野球選手権大会）、東京六大学野球、都市対抗野球大会、プロ野球という、異なる4つのカテゴリーで審判を務めた史上唯一の人物としても特筆されます。慶應大学在学中の1959年には、21歳という若さで高校野球・福島県大会の審判長を務めた経験も持ちます。

審判としての実績

オールスターゲームには7回（1969, 72, 76, 78, 82, 87, 90年）、日本選手権シリーズには5回（1975, 81, 84, 89, 90年）出場しました。オールスターでは1969年第3戦と1982年第2戦、日本シリーズでは1984年第5戦でそれぞれ球審を務めています。

特に球審として、以下のような歴史的な試合で重要な役割を果たしました。

1967年10月10日 巨人対広島戦（後楽園）: 巨人の堀内恒夫投手がノーヒットノーランを達成し、かつ自ら3本塁打を放った伝説的な試合。
1975年10月15日 巨人対広島戦（後楽園）: 広島東洋カープが球団創設以来初のセ・リーグ優勝を決めた試合。
1976年6月8日 巨人対阪神戦（後楽園）: 巨人・末次利光選手が劇的な逆転満塁サヨナラ本塁打を放った試合。
1976年10月10日 巨人対阪神戦（後楽園）: 巨人・王貞治選手がベーブ・ルースに並ぶ通算714号本塁打を記録した試合。
1982年9月15日 巨人対中日戦（後楽園）: 巨人・篠塚利夫選手が犠牲バントから中日の3失策に乗じて一塁から本塁まで生還するという珍しいプレーが生まれた試合。
1986年6月26日 巨人対阪神戦（後楽園）: 阪神・ランディ・バース選手が巨人・江川卓投手から本塁打を放ち、当時の日本タイ記録となる7試合連続本塁打を達成した試合。
1991年6月18日 中日対大洋戦（ナゴヤ）: 中日・彦野利勝選手がサヨナラ本塁打を放つも負傷で走れず、代走の山口幸司選手が得点した試合。
1992年7月5日 ヤクルト対巨人戦（神宮）: 9回表に巨人・原辰徳選手が同点2ラン本塁打を放った際に、バットを大きく後方へ投げた（バット投げ）ことで話題となった試合。

この他にも、審判として印象的な場面に関わっています。5年目の1969年7月22日のオールスターゲーム第3戦（平和台）では、球審を務める中で延長13回に長時間にわたる停電が発生。平光氏はタバコを吸いながら再開を待っていたという逸話が残っています。また、1974年7月9日の大洋対巨人戦では、当時巨人の監督を務めていた川上哲治氏に対して、プロ生活37年間で唯一となる退場宣告を行いました。

人物とスタイル

審判としてのスタイルとしては、1981年からインサイドプロテクターを採用し、片膝を地面につく「ニースタンス」を特徴としていました。アメリカの野球事情に精通し、審判技術の改革に積極的だった人物として知られています。また、ストライクゾーンを広めに取る傾向があることでも有名でした。

慶應義塾で小・中・高・大と学び続けた経歴が示すように、知的な雰囲気を持つ細身で白髪の紳士といった外見でしたが、プライベートではプレイボーイとしても知られ、グラウンド外での様々なエピソードが語り継がれています。

「平光」という苗字は岐阜県に多く見られますが、彼の父親も岐阜県の出身でした。

審判引退後もメディアに登場し、1995年にはゲームソフト『燃えろ!!プロ野球'95 ダブルヘッダー』で審判役の声優を務めたり、2006年にはサントリーフーズ「ゲータレード」のCMで審判役として出演したりするなど、多方面で活躍しました。

「幻の本塁打」事件と退職

審判生活で最も有名な出来事の一つが、1992年9月11日に阪神甲子園球場で行われた阪神対ヤクルト戦で起きた「幻の本塁打」事件です。同点で迎えた9回裏二死一塁の場面で、阪神の八木裕選手が放った打球は、外野フェンス上部のラバー部分に当たって跳ね返り、さらにその上の金網に当たった後、スタンドに入りました。通常では考えられないイレギュラーな打球の動きに対し、二塁塁審だった平光氏は一旦本塁打と判定します。しかし、ヤクルトの外野手やベンチからすぐに猛抗議を受け、審判団での協議の結果、判定を覆して二塁打（エンタイトルツーベース）としました。

今度は本塁打を取り消された阪神側が猛反発。平光氏は阪神の中村勝広監督に対し、自身の誤審を認め、その責任を取ってこの年限りで審判を辞任することを条件に試合再開を求めました。中村監督は当初応じませんでしたが、阪神球団社長の説得もあり、試合は再開されました。この騒動に対し、平光氏は連盟から厳重注意と制裁金3万円の処分を受けました。この一件で精神的な緊張の糸が切れてしまったとして、平光氏は中村監督に宣言した通り、この1992年シーズンをもって審判を退職しました。

なお、この試合は延長15回引き分けとなり、試合時間は6時間26分（中断37分を含む）という日本プロ野球史上最長記録となりました。試合終了時刻は翌日の午前0時26分でした。

引退後

審判退職後は、フジテレビやニッポン放送で野球解説者として、主に中継の裏送り放送などを担当しました。また、野球教室での指導や各種メディアへの出演など、引退後も野球界に貢献。2008年秋からはプロ野球マスターズリーグの審判員も務めました。

2011年8月9日、肺がんのため東京都内の病院で死去。73歳でした。

著書

『審判失格：それでも私は野球が好きだ。』 （ニッポン放送出版, 1994年）
『わかりやすい野球ルール』 （成美堂出版, 2001年）

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