弦楽五重奏曲第1番 (ブラームス)

弦楽五重奏曲第1番 ヘ長調 作品88

弦楽五重奏曲第1番ヘ長調作品88（Streichquintett fur 2 Violinen, 2 Bratchen und Violoncell Nr.1 F-Dur op.88）は、ヨハネス・ブラームスによって1882年の夏頃に作曲された室内楽作品です。

ブラームスはこれに先立つ1862年にも、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ2という珍しい編成によるヘ短調の弦楽五重奏曲に着手していました。しかし、試演での否定的な評価などを受け、この楽譜は破棄され、代わりに二台のピアノのための編曲を経て傑作「ピアノ五重奏曲ヘ短調作品34」へと改作されました。こうした経緯から、本作作品88がブラームスにとって初めて世に公表された弦楽五重奏曲となります。

作曲と初演

作品は1882年春から初夏にかけて、オーストリアの美しい保養地バート・イシュルで完成されました。作曲当時、ブラームスはピアノ三重奏曲第2番の作曲を進めていましたが、本作の創作のために一時中断したと伝えられています。

完成後、私的な演奏を経て、同年12月29日にベルリンでフーゴー・ヘールマンらの手によって公開初演が行われました。

ブラームスはこの作品に対して強い自信を持っていました。1882年7月13日付で出版社のジムロックに送った手紙では、「私は、今までに貴下がこのように美しい曲を私から受け取ったことがないと思います。また、貴下もここ十年来こんな曲を出版しなかったでしょう。」と記しています。また、後年親友クララ・シューマンに宛てた手紙でも、「私の最高の作品の一つ」と述べて、その出来栄えを高く評価しています。ブラームス自身が友人への手紙で「親しみやすく心地よい場所」と語ったこの保養地での穏やかな心境が、作品の楽想に反映されていると言われます。

作品は翌1883年までに、総譜、パート譜に加え、作曲者自身の編曲による連弾用楽譜が出版され、広く紹介されました。

楽器編成

ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1という編成で書かれています。
これは、一般的な弦楽四重奏編成（ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1）にヴィオラを一本加えたもので、モーツァルトの弦楽五重奏曲やメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番など、先例のある構成です。

構成

全3楽章で構成され、演奏時間はおよそ25分です。

第1楽章 Allegro non troppo ma con brio

ヘ長調、全224小節。ソナタ形式です。
序奏はなく、ドローンバスを思わせるような持続低音に乗って、落ち着いた雰囲気の第一主題が現れます。これに対し、浮き立つような三連符のリズムを持つ第二主題はイ長調で提示されます。この第二主題はまずヴィオラが奏で、次にピッツィカートの伴奏を伴ってヴァイオリンへと引き継がれます。主調から長三度上という調性の関係は、シューベルトの作品にも見られる特徴です。
展開部ではシャープ系の調へと移りながら、ダイナミックな盛り上がりを見せてクライマックスに達します。再現部では、第二主題がまずニ長調で始まり、途中から主調であるヘ長調に戻ってくる構成が取られています。

第2楽章 Grave ed appassionato - Allegretto vivace - TempoⅠ - Presto - TempoⅠ

嬰ハ短調、全208小節。A-B-A-C-Aの小ロンド形式です。
この楽章には、ブラームスが1854年に作曲したピアノ曲「サラバンド」イ短調（WoO 5）と「ガヴォット」イ長調（WoO 3）からの素材が転用されています。
ヴァイオリンソナタ第2番の中間楽章と同様、緩徐楽章とスケルツォの性格を併せ持つ複合的な構成が特徴です。楽章は、音楽学者の西原稔氏が「重々しい内なる情熱を秘めた」と表現した嬰ハ短調のグラーヴェ主題（ただし、開始は嬰ハ長調で、主和音は第5小節まで現れません）で始まります。このグラーヴェの主題の間に、シチリアーナ風のリズムによる牧歌的なアレグレット・ヴィヴァーチェと、さらにテンポを速めたその変奏部分が挟み込まれます。楽章は開始調とは異なり、イ長調で締めくくられます。

第3楽章 Allegro energico - Presto

ヘ長調、全185小節。フーガの要素を取り入れたソナタ形式です。
冒頭の断定的な二つの和音に続き、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番（『ラズモフスキー第3番』）の終楽章を思わせる、活気に満ちたフーガ形式で音楽が進みます。その後、楽器全体による賑やかなトゥッティが続きます。幅広い歌謡性を持つ第二主題は、ここでもやはりイ長調で提示されます。
コーダはプレストにテンポを上げ、リズムに巧妙な工夫が見られます。ピアニッシモの弱音からフォルティッシモの強音へとクレッシェンドしながら、力強く楽曲を締めくくります。

参考資料

溝部国光「解説」：ポケット総譜（日本楽譜出版社 No.171、2004）
吉成順「ブラームスの弦楽五重奏曲と弦楽六重奏曲」（CD解説）：アマデウス弦楽四重奏団、セシル・アロノヴィッツ (Deutsche Grammophon POCG3469/70、1968年4月録音、1995年発売)
三宅幸夫『ブラームス』（新潮文庫「カラー版 作曲者の生涯」、1986）

外部リンク

String Quintet No. 1, Op. 88の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)
* String Quintet No. 1 in F major - Listening Guides to the Works of Johannes Brahms

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