弦楽四重奏曲第6番 (メンデルスゾーン)

フェリックス・メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番ヘ短調作品80は、作曲家にとって生涯最後の弦楽四重奏曲となりました。これは、彼が約9年ぶりにこのジャンルに取り組んだ作品であり、1847年に作曲されました。特にこの作品は、メンデルスゾーンの他の弦楽四重奏曲に比べ、際立って悲劇的で情熱的な性格を有することで知られています。

作曲に着手したのは1847年7月6日のことです。この作品は、弟パウルと共に静養のために訪れていたスイスの避暑地で主に作曲されました。完成時期については、自筆譜に「インターラーケン、1847年9月」と記されていることから、その頃に仕上がったと推測されています。

この作品の悲劇的な雰囲気は、作曲の約2か月前、1847年5月14日に突然この世を去った姉ファニーの死と深く関連していると考えられています。ファニーはフェリックスより4歳年上で、自身も優れた音楽的才能を持つピアニスト、作曲家でした。兄弟の絆は非常に強く、その死はメンデルスゾーンに計り知れない衝撃と悲しみを与えました。ライプツィヒでの指揮活動から帰郷し悲報に触れたメンデルスゾーンは、心痛のあまり作曲すら困難になったと伝えられています。彼はこの時の心境について、「音楽のことを考えようとしても、まず心と頭に浮かんでくるのはこの上ない喪失感と虚無感なのです。」と記しています。

メンデルスゾーン自身もまた、多忙な職務による疲労の蓄積から心身の衰えを見せ始めていました。このような状況を打開しようと訪れたのがスイスでの静養でした。彼はこの地で趣味の絵画を楽しむなどして精神的な回復を図り、本作を含むいくつかの作品を生み出しました。しかし、皮肉にもこれらが彼の最後の創作群となり、本作完成の約1ヶ月後、10月に発作で倒れたメンデルスゾーンは、11月4日に姉の後を追うようにこの世を去りました。なお、本作と同時期に作曲されていた2つの楽章（ホ長調の変奏曲とイ短調のスケルツォ）は、それ以前に書かれた2曲と共に『4つの小品 作品81』として彼の死後にまとめられ出版されています。

楽譜は、作曲者の死から2年半が経った1850年5月、ライプツィヒのブライトコプフ・ウント・ヘルテル社からパート譜として初めて出版されました。総譜は翌年に出版されています。世界初演はメンデルスゾーンの没後となる1848年11月4日に、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムらによって行われました。この作品の自筆譜は、現在ポーランドのクラクフにあるヤギェウォ大学図書館に所蔵されています。

演奏時間は約25分が目安とされています。

楽曲はメンデルスゾーンの他の弦楽四重奏曲と同様に、全4楽章構成です。

第1楽章は「アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ」と指定されたヘ短調のソナタ形式です。冒頭、不穏な熱を帯びたトレモロに乗って第1主題が現れます。この主題には、楽章全体で重要な役割を果たす悲劇的な旋律が続きます。展開部では、この主題が対位法的に扱われ、緊迫感が高まります。再現部を経てコーダに入ると、音楽は速度と音量を増し、プレストへと加速しながら一気に楽章を締めくくります。

第2楽章「アレグロ・アッサイ」はヘ短調、3/4拍子の三部形式によるスケルツォ楽章です。暗く情熱的な性格を持ち、特徴的な付点リズムを持つ主題で開始されます。中間部では、ヴィオラとチェロが終始不気味な音型をユニゾンで繰り返し、その上でヴァイオリンが自由に動きます。主部が再現された後、最後に中間部を短く回想し、弱音のピッツィカートで静かに終わります。

第3楽章「アダージョ」は変イ長調、2/4拍子。展開部を持たないソナタ形式の構造をとります。この楽章は作品中唯一の長調ですが、深い憂いを秘めた陰りのある音楽です。物憂げなチェロのソロに導かれて、第1ヴァイオリンが主題を奏でます。寂寥感が漂う経過句を経て変ホ長調に移り、重層的な響きを持つ第2主題が提示されます。再現部では、第2主題が変イ長調で現れ、全体的に弱音で推移しますが、一度高まりを見せた後、最後はフェルマータの余韻の中に消え入るように終わります。

第4楽章「フィナーレ：アレグロ・モルト」はヘ短調のソナタ形式です。冒頭からチェロのトレモロの上に熱のこもった主題が提示されます。この主題とトレモロが交互に現れながら進行し、第2主題へと続きます。展開部では、フォルテッシモの強奏から始まり、第1主題とトレモロが組み合わされて展開されます。再現部を経てコーダに入ると、冒頭の主題が執拗に繰り返され、勢いを失うことなく全曲を締めくくります。

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