徳川訴訟問題

徳川訴訟問題とは

徳川訴訟問題は、日本図書館協会総裁であった徳川頼倫の死後、紀州徳川家から協会へ寄付された運営基金5万円を巡り、日本図書館協会と紀州徳川家が対立し、訴訟にまで発展した事件です。

経緯

1913年、紀州徳川家当主の徳川頼倫が日本図書館協会の総裁に就任。彼は率先して全国各地への図書館設置を呼びかけ、公共図書館思想の普及に尽力しました。しかし、当時の図書館の社会的地位は低く、協会の財政状況も決して良いとは言えませんでした。

そこで、1923年に開催された協会創設30周年の記念総会において、協会財政維持のため、基金30万円を募金によって賄う決議が採択されます。続いて徳川総裁は、紀州徳川家から寄付金5万円を特別預金として拠出し、これを紀州徳川家に預けて年間3千円の利息を協会運営資金に充てることを提案、了承されました。

1925年に徳川総裁が亡くなりますが、特別預金の運営によって財政は徐々に安定し、1930年に社団法人として改組される際、この特別預金5万円も協会の基本財産として認められることになりました。

しかし、同年の徳川総裁7回忌にあたり、紀州徳川家から日本図書館協会に対し、前年の寄付は30万円の募金が終わるまでのつなぎであるにもかかわらず、その後募金が行われていないのは約束違反である、社団法人化によって募金のための仕組みが整ったため寄付金の役目は終えた、昭和金融恐慌の影響で紀州徳川家も経済的打撃を受けており、これ以上の財政支援は困難である、という理由から、特別預金5万円の引き上げが通告されたのです。

これに対し、松本喜一理事長（帝国図書館館長）をはじめとする協会幹部は再考を求めましたが、交渉は難航。1932年7月、日本図書館協会は基本財産維持を目的として、紀州徳川家に対し特別預金の返還を求める訴訟を起こしました。

訴訟の経過

翌年、東京地方裁判所での第一審は紀州徳川家が勝訴。しかし、東京控訴院での第二審では図書館協会が勝訴しました。ところが、1935年の第三審において、大審院は東京控訴院へ差し戻す判決を下したため、訴訟は長期化することとなります。

東京控訴院は双方に和解を勧告しましたが、紀州徳川家は強硬な態度を崩しませんでした。また、図書館協会内部では、松本理事長と古参幹部の間に図書館のあり方を巡る対立が長年存在していました。文部省の人事により帝国図書館長に就任した松本は、図書館協会が推進していたアメリカ式の公共図書館思想に懐疑的であり、古参幹部との間に確執があったのです。そのため、和解交渉は難航しました。

1939年、前年の日比谷図書館廃止論争における対応のまずさなどを指摘され、松本が理事長を辞任。公共図書館思想に理解のあった高柳賢三（東京帝国大学附属図書館館長）が後任の理事長に就任します。英米法の権威であった高柳は、和解交渉を積極的に進めますが、それでも和解には至りませんでした。

そんな中、高柳の友人である東京機械製作所社長の芝義太郎から、高柳のために訴訟費用5千円と図書館協会への寄付金5万円を拠出したいという申し出がありました。これにより、図書館協会は紀州徳川家に対し特別預金返還を求める理由がなくなり、同年、図書館協会が訴訟を取り下げ、両者の和解が成立したのです。

この一件で図書館界・出版界との関係を築いた芝義太郎の東京機械製作所は、後に印刷機械メーカーとして発展を遂げることとなりました。

参考文献

* 日本図書館協会 編『近代日本図書館の歩み 本篇』日本図書館協会、1993年。 ISBN 9784820493198

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