慶滋保胤

慶滋保胤（よししげのやすたね）

慶滋保胤は、平安時代中期に活躍した貴族、文人、そして儒学者です。元は賀茂忠行の子として生まれ、家学である陰陽道を学ぶ立場にいましたが、後に紀伝道へと転じました。この時、姓を「賀茂」から「慶滋」と改めたとされています。官位は従五位下・大内記。

若き日の学問と才能

保胤は、村上天皇の時代である天暦9年（955年）頃に大学寮に入学し、学問の道を歩み始めました。学生時代からその才能は高く評価され、天徳元年（957年）には学生の身分のまま内御書所に出仕することになります。内御書所は天皇や貴族主催の作文会に文人が集まる場所であり、保胤も早くからその才能を発揮しました。特に、高岳相如と並び称されるほどの才能の持ち主として知られていました。

大学寮では、右少弁の菅原文時に師事し、文章の才能を開花させました。保胤は文時の弟子の中でも筆頭格であり、文章の才においては群を抜いていたとされています。また、史書にも精通しており、その知識の深さから師である文時からも高く評価されていました。

応和3年（963年）には、文人としての先輩である三善道統が主催した詩合に参加し、左方の頭首を務めました。この詩合では、右方頭首の高岳相如と「花鳥は尚ほ春を留む」という句題で七言詩を競い合いましたが、勝負は決まらなかったとされています。康保元年（964年）に東山親林寺で開催された勧学会では、紀伝道の学生として参加し、僧侶による論議の記録を担当しました。

官界での活躍と仏道への傾倒

保胤は文章生を経て、大内記兼近江掾を務めました。永観2年（984年）頃には従五位下に叙されています。この間、永観元年（983年）には元号を「永観」に改める際の詔を起草するなど、その文才を政治の場でも発揮しました。

若い頃から仏教への信仰心が厚く、息子の成人を見届けた後、寛和2年（986年）に出家し、比叡山の横川に住み始めました。また、同年には念仏結社である『二十五三昧会』の結成にも関わったとされています。法名は始め心覚と称しましたが、後に寂心と改めました。出家後は内記入道と呼ばれ、諸国を遍歴した後、洛東如意寺で没したと伝えられています。藤原道長に戒を授けたこともあり、その死を悼んだ道長が、大江匡衡に諷誦文を作らせたという逸話も残っています。弟子には寂照（俗名：大江定基）がいます。

文学と著作

保胤は、その著作を通して後世に大きな影響を与えました。

『池亭記』は、当時の社会に対する批判と、文人貴族の風流を描いた作品であり、隠棲文学の祖とも評されています。また、漢詩は『本朝文粋』や『和漢朗詠集』に、和歌は『拾遺和歌集』に作品が収録されており、現代でもその作品に触れることができます。

さらに、本朝において往生を遂げたとされる人物の伝記を集めた『日本往生極楽記』は、その後の往生伝や説話集に大きな影響を与えました。この作品には、保胤の浄土信仰への深い傾倒が見られます。

官歴と系譜

以下に保胤の主な官歴と系譜をまとめます。

天暦9年（955年）頃：学生
天延年間（973年-976年）：文章生
貞元元年（976年）頃：賀茂から慶滋に改姓。近江掾に任官
貞元2年（977年）8月16日：近江掾として記録に残る
天元5年（982年）10月：六位内記として記録に残る
永観2年（984年）頃：従五位下。大内記
寛和2年（986年）4月22日：出家
長保4年（1002年）10月21日：卒去

父は賀茂忠行、母は不詳です。妻も不詳ですが、息子に慶滋忠順がいます。

後世への影響

保胤は、その多才な能力と仏教への深い信仰心から、多くの人々に影響を与えました。説話や物語にも登場し、その人物像は様々な形で語り継がれています。

宇治拾遺物語 巻第十二　四　内記上人、法師陰陽師の紙冠を破る事
今昔物語 巻第十九　第三話　内記慶滋の保胤、出家せること
袋草紙（藤原清輔）には師である菅原文時との逸話が収録されている

また、近代文学や現代のフィクションにもその名前が登場しています。

連環記（幸田露伴）
六の宮の姫君（芥川龍之介）
陰陽ノ京（渡瀬草一郎）

参考文献

竹鼻績『今鏡（下）』講談社学術文庫、1984年
宮崎康充編『国司補任 第三』続群書類従完成会、1990年
平林盛得著『慶滋保胤と浄土思想』吉川弘文館 2001年、オンデマンド版、2023年
小原仁著『慶滋保胤（人物叢書）吉川弘文館 2016年

これらの参考文献を通じて、保胤の生涯や業績をより深く知ることができます。

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