折田彦市

折田彦市：自由の学風を築いた教育者

折田彦市（おりた ひこいち、1849年1月27日 - 1920年1月26日）は、明治時代に活躍した日本の教育者であり、文部官僚です。特に、旧制第三高等学校（三高）の初代校長として知られ、その前身校も含めると約30年間にわたり校長を務めました。彼は三高の「自由の学風」を築いた人物として、後世に語り継がれています。

生涯

生い立ち

1849年、折田彦市は薩摩藩士の四男として鹿児島に生まれました。幼少期には家族に恵まれない時期もありましたが、長兄の養子となり、儒学や藩校で学びました。同時期には、後に駐米公使となる森有礼も藩校で学んでいます。

14歳で藩主の小姓として仕え、その後、岩倉具視の御附役として京都に上洛。岩倉からの信頼も厚く、戊辰戦争では伝令役を務めるなど、重要な役割を果たしました。岩倉の兄弟が解任された後は、神戸の洋学塾で英語を学び、岩倉兄弟と共に長崎の致遠館でフルベッキに師事しました。

フルベッキの斡旋で、1870年に岩倉兄弟の随行者としてアメリカに留学。政府から制度学を学ぶように指示されていました。折田は英語力不足のため、別の町で牧師宅に寄宿し、キリスト教に触れ、聖書を熱心に学びました。留学中には、森有礼をはじめとする多くの留学生と交流しました。1872年には、岩倉使節団に兄弟の状況を報告するため、ワシントンへ赴いています。同年、岩倉兄弟が帰国・渡欧したため、折田は随員の制約から解放されました。

アメリカ留学

1872年、折田はプリンストン大学に入学。当初は正規学生ではありませんでしたが、猛勉強により正規学生に認められました。大学ではスポーツも楽しみ、多くの友人を得ました。また、当時の学長マコッシュの「秩序ある自由」の精神に影響を受け、この経験が彼の教育観の基礎になったとされています。熱心なクリスチャンでもあり、祈祷会や朝礼にも積極的に参加し、1876年には洗礼を受けました。

大学卒業時には、成績上位者として式辞を述べるという栄誉に輝きました。卒業後には、フィラデルフィア万国博覧会で日本政府の調査・通訳などを担当し、その後、母校に日本の博物誌を寄贈しました。1876年、折田は帰国の途に就き、横浜に到着しました。

教育界へ

帰国後、文部省に入省。学監の通訳や学校視察などに携わりました。その後、外務省へ転じますが、病気のため辞職し、文部省に戻りました。1879年には体操伝習所の主幹に任命され、教育界でのキャリアを本格的にスタートさせます。この人事は、体育教育の導入を主張していた森有礼の影響があったとされています。

三高との関わり

1880年、折田は大阪専門学校の校長に就任しますが、学校は改組され、大阪中学校となります。医学科拡充を目指すも、文部省の財政問題から廃止。しかし、中学校の教育内容充実や寄宿舎整備、体操教育導入など、教育改革に尽力しました。大阪中学校は、全国の中学校の模範となるべき存在でした。折田は中学校を大学に接続する機関として発展させ、関西への大学設立も構想していました。1885年には、大学分校校長となり、関西大学の設立を文部省に提案します。

文部省学務局長

1885年、折田は文部省に呼び戻され、学務局次長、後に学務局長に就任します。この異動は、文部大臣となった森有礼による官制改革の一環でした。折田は学校教育制度の改革に携わり、諸学校令の制定に貢献します。また、大学分校は高等中学校に改組され、第三高等中学校となりました。

三高校長

1887年、折田は第三高等中学校の校長に復帰。京都への移転準備、本科・医学部設置などを行いました。三高が京都に移転した後の1889年、文部大臣であった森有礼が暗殺され、その影響は折田にも及んだと考えられています。1894年、三高は高等学校に改組され、折田はその初代校長となりました。三高は予科を置かず、学部を設置しますが、旧制高等学校の本科・予科が解散されたことで、学生たちは各地に散らばることになりました。折田は、学生たちを思うあまり、当局に不満を述べたとされています。1897年には、京都帝国大学の設立委員に任命されました。三高は施設を京大に譲渡し、大学予備教育機関として再編されました。1910年、校長を辞任。

退任後

退任後も、折田は京都に住み、大日本武徳会の副会長や武術専門学校の校長を務めました。また、貴族院議員にも選出され、死去までその任にありました。1912年には、三高で肖像画の除幕式が行われ、1916年には三高の名誉教授の称号が贈られました。1920年、スペイン風邪のため70歳で死去しました。

折田彦市と「自由の学風」

三高の「自由」の精神は、折田の人格と不可分のものと捉えられています。折田自身が「自由」について書き残したものは少ないですが、学生の間では「自由」を校風とする雰囲気が醸成され、折田校長の人格と結び付けられるようになりました。

折田の教育方針は「無為にして化す」と表現され、学生の人格を最大限に尊重し、干渉を避ける姿勢を貫いていました。高等中学校時代には、教職員と生徒が互いに「さん」付けで呼び合う原則を定めました。三高の卒業生たちによると、「自由の学風」は、学校全体に浸透するのに時間がかかったものの、折田校長の退任を機に、新校長に「自由の学風」の遵守を求めるという風習が生まれました。

三高の「自由の学風」は、京都帝国大学にも影響を与え、現在の京都大学の「自由の学風」にも繋がっているとされています。折田の銅像がいたずらの標的になった際、京都大学は、彼の功績を称える看板を設置しました。

人柄・逸話

折田は、森有礼を敬愛しており、6人の息子に「有」の字を付けました。アメリカ留学中の日記からは、彼の留学生活の詳細が明らかになっています。特に、クロッケーを愛好し、多くの友人と楽しんだ様子が伺えます。大学時代には「Hiki」「Hiko」と呼ばれ、人気がありました。熱心なクリスチャンでしたが、学校教育に直接信仰を持ち込むことはありませんでした。また、生徒たちと共に入浴したり、退任後も学校の様子を見に来たりする姿も目撃されています。

折田の肖像画は、旧制第三高等学校同窓会が保存してきましたが、現在は京都大学文書館に寄贈されています。銅像は、一時は撤去されましたが、現在は京都大学で公開されています。

系譜・家族

折田家は薩摩藩の中堅武士であり、彦市は1885年に「折田家系図」を作成しています。父は折田寧剛、母は志計。長兄は年昭、次兄は徳次郎、三兄は竹内実輝です。妻は佐登子で、6男2女をもうけました。

栄典

折田は、数々の勲章を受章しています。従六位から正三位に至るまで、その功績が認められました。

折田彦市は、教育者として、また人間として、多くの人に影響を与えました。彼の残した「自由の学風」は、現在もなお、多くの教育機関に影響を与え続けています。

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