拂菻

拂菻（ふつりん）：中国史書に現れる西洋の国

拂菻（ふつりん）は、『隋書』、『旧唐書』、『宋史』、『明史』など、中国の様々な史書に登場する、西洋の国を指す名称です。この拂菻が、東ローマ帝国を指すという説が最も有力とされています。

もし拂菻が東ローマ帝国を指すのであれば、その歴史は古代ローマ時代まで遡ります。「大秦王安敦」（ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスを指すか）の使者が166年に中国へ来た記録があり、それから東ローマ帝国時代まで、実に千年にわたって中国と断続的な交渉を持っていたことになります。

文献における拂菻

拂菻という地名が初めて史書に登場するのは、『隋書』です。そこでは、拂菻は波斯（ペルシャ）の西北4500里にあると記述されています。

『大唐西域記』には、「忽懍国」という国が登場します。この「忽懍」は「拂菻」と中古音で同じ音であり、イラン語族の言葉で東ローマを指す「フルム」という言葉が語源であるとする説があります。

『通典』に引用されている杜環の『経行記』(8世紀)には、拂菻国は大秦とも呼ばれると記されており、その風俗についても詳しく書かれています。

『旧唐書』には、貞観17年（643年）に「拂菻王波多力」の使者が来訪したという記述があります。この「波多力」は、「Papas Theodoros」の音写であると考えられますが、当時の皇帝はコンスタンス2世であり、誰を指すのかは特定されていません。この後も、開元7年（719年）まで、拂菻王の使節がしばしば中国を訪れ、朝貢を行ったと記されています。

『宋史』には、北宋の元豊4年（1081年）に、拂菻国の王「滅力伊霊改撒」が使者として「大首領」の「儞廝都令廝孟判」を派遣し、中国に朝貢したと記されています。「滅力伊霊改撒」は東ローマ帝国皇帝ニケフォロス3世ボタネイアテス、「儞廝都令廝孟判」はMaistre Simon de Montfortの音写であると考えられています。

『明史』によると、元の末期に拂菻の「捏古倫」という人物が中国に訪れましたが、帰国できなくなってしまいました。このことを知った明の洪武帝は、洪武4年（1371年）に、自らが大明を打ち立て、世界平和を目指していることを伝え、朝貢を促す使者として帰国させました。一度は朝貢に来ましたが、その後は二度と訪れることはなかったようです。

また、『明史』には、拂菻の最期については記載されていませんが、万暦年間に来朝した大西洋人（イエズス会宣教師）の話として、天主耶穌の生誕地である德亞（ユダ）が、古の大秦国であると記されています。

『明史』には、新たに意大里亞（イタリア）伝が立てられましたが、「意大里亞」と大秦・拂菻との関係については言及されていません。

類似した名称

3世紀のサーサーン朝のシャープール1世碑文には、ローマをパルティア語で「prwm (Frōm)」と記しており、これが「拂菻」と関連性がある可能性があります。

また、『魏書』に登場する「普嵐」という国は、どこを指すのか不明ですが、「拂菻」と同一視されることもあります。さらに、『北史』には、「伏盧尼国」が波斯国の北にあると記されています。

異説

「拂菻」という名称が何の音写であるかについては、様々な説があります。「フランク」、「コンスタンティノープルの通称であるポリスやポリン」、「ビザンティウム」などが挙げられています。また、佐伯好郎は、大秦景教流行中国碑のシリア文字人名を根拠に、エフライム説を唱えています。

拂菻という名称は、中国の歴史の中で、西洋世界との接点を示す重要な手がかりの一つであり、その名称の由来や指し示す国についての研究は、今もなお続けられています。

関連事項

大秦
東ローマ帝国

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