文違い

文違い（ふみちがい）

古典落語の演目の一つであり、特に東京で広く親しまれている噺です。舞台は江戸時代、江戸四宿の一つである内藤新宿の岡場所（公許されていない遊郭）とされ、そこで働く飯盛女（めしもりおんな）と客筋、そして彼女を取り巻く人々の間で巻き起こる騒動を描いた「廓噺」に分類されます。初代柳家小せんの作と伝えられています。

概要

本作は、遊郭を舞台にした艶笑的な要素を含みつつも、登場人物たちの欲深さや間の抜けた言動がコミカルに描かれるのが特徴です。金銭を巡る複雑な騙し合いがやがて露見し、騒動へと発展する構成が見どころとなっています。

歴史的側面

その内容ゆえか、「文違い」は戦時下の1940年（昭和15年）、警視庁が上演を禁止した「禁演落語」53演目の一つに指定されました。当時の社会情勢下において「卑俗的で低級」と判断されたためですが、戦後に再び高座に戻り、現在では多くの噺家によって演じられています。

主な演者

この演目を十八番とする噺家は多く、歴代の名人たちが高座にかけてきました。物故者としては、三代目三遊亭小圓朝、六代目三遊亭圓生、五代目古今亭志ん生、八代目三笑亭可楽などが知られています。現役の噺家では、十一代目金原亭馬生などが得意としています。

あらすじ

物語は、内藤新宿で働く飯盛女のお杉を中心に展開します。

金策の始まり：お杉は、馴染み客である半七に「父親が急にお金が必要だと言ってきたので、20両（演者によっては単位が「円」になることも）を貸してほしい」と嘘をつき、色っぽく金を無心します。しかし、半七の手持ちは20両の半分にも満たず、要求に応じることができません。
別の獲物：そこで、お杉は別の馴染み客で、同じ岡場所の隣室に滞在している田舎者・角蔵のもとへ向かいます。角蔵には「母親が病気で、高価な薬である人参（にんじん）を買ってあげたい」と嘘をつき、彼が商売の取引のために持っていた預かり金をうまく騙し取ります。角蔵から得た金と、半七からかき集めた金銭を合わせ、お杉はどうにか合計20両を工面します。
真実の相手：20両を手にしたお杉は、半七や角蔵の部屋を離れ、別の部屋へ向かいます。そこにいたのは、目を布で覆った男性、お杉の本当の恋人である芳次郎でした。実は、お杉が工面した20両は、この芳次郎がお杉に無心したものでした。芳次郎は金を受け取ると、そそくさと部屋を去っていきます。
手紙の露見：芳次郎が去った後、お杉は部屋に置き忘れられた一通の手紙を見つけます。読んでみると、それは別の飯盛女である小筆が芳次郎に宛てたものでした。手紙には、「田舎の金持ち（大尽）からの身請け話は断ったが、代わりに50両を要求されている。その金を工面するため、眼病を偽って（お杉を指して）あいつをだましてしまえ」といった内容が書かれていました。自分が恋人に利用され、騙されていたことを知ったお杉は、悔しさと悲しみから泣き崩れます。
別の手紙：同じ頃、半七もお杉が落としていった一通の手紙を見つけていました。それは芳次郎が書いたもので、「眼病を患い、このままでは失明の可能性がある。薬代として20両が必要なので、父親に無心されたと偽って半七をだまし、金を工面してほしい」という内容でした。半七も自分がまんまと騙されていたことに気づき、激しい怒りを覚えます。
激突：怒りに震えながら、お杉は半七の部屋へ戻ります。そこへ、やはり自分が騙されたことに腹を立てている半七がいます。互いに自分が相手に金銭を騙し取られたと思い込んでいる二人は、すさまじい口論を始めます。「この野郎、俺から7両（または5両）も騙し取りやがったな！」「何言ってんだい！そんなはした金！あたしは20両も騙し取られたんだ！」と、騙し取られた金額について罵り合い、やがて大喧嘩へと発展してしまいます。
角蔵のオチ：壁越しに二人の激しい口論と喧嘩を聞いていた角蔵は、事態を収拾しようと従業員を呼びつけます。「早く行って喧嘩を止めろ！どうやら間夫（浮気相手）に金を渡したとかで、お杉が殴られているらしい！あれは色や欲のためじゃねえぞ、お杉のかかさまの病のために、俺様が恵んでやった金なんだ！」と息巻きます。しかし、従業員がすぐに部屋へ向かおうとすると、角蔵は慌てて彼を押しとどめます。「いや、待て！行ってそれを言ったら、俺様が間夫だとバレちまうだろう！」と、結局、自分の立場が露見するのを恐れ、助けに行かないという滑稽な結末を迎えるのでした。

まとめ

「文違い」は、登場人物たちが次々と嘘と欲望のために行動し、それが思わぬ形で絡み合い、最終的に滑稽な騒動へと繋がる過程が巧みに描かれた噺です。特に、最後の角蔵の「間夫だとバレたくない」という本音が、それまでの騒ぎが一気に霧散するような笑いを生み出します。遊郭という特殊な設定の中に、人間の見栄や体裁、欲という普遍的なテーマを見事に描き出した、完成度の高い一席と言えるでしょう。

関連項目

江戸四宿

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