昌平坂学問所

昌平坂学問所：江戸幕府の教育機関と近代日本の教育への影響

昌平坂学問所は、1790年（寛政2年）、江戸幕府によって神田湯島に設立された、幕府直轄の教育機関です。正式名称は「学問所」で、「昌平黌（しょうへいこう）」とも呼ばれていました。その歴史は、林羅山が徳川家康に仕えた17世紀初頭まで遡り、林家の家塾を起源としています。

林家の家塾から昌平坂学問所へ

1605年（慶長10年）、林羅山が徳川家康に仕え、その後、徳川家光から上野忍岡の土地と資金の援助を受け、林家は書院と学寮を建て、家塾として運営を始めました。1632年（寛永9年）には聖廟が建立され「先聖殿」と呼ばれ、1663年（寛文3年）には「弘文館」と呼ばれるようになりました。1690年（元禄3年）には、将軍徳川綱吉から神田湯島への移転と土地の提供を受け、講堂は「大成殿」と改称されました。この地は孔子の生地である「昌平郷」になぞらえて「昌平坂」と命名され、施設全体は「湯島聖堂」とも呼ばれるようになりました。林家は代々、大学頭という役職を世襲し、聖堂の長を務めました。

寛政異学の禁と幕府直轄機関への移行

1790年（寛政2年）、寛政異学の禁により朱子学が奨励され、幕府は聖堂の運営を林家から引き継ぎ、幕府直轄の教育機関として「昌平坂学問所」を設立しました。「聖堂学規」や職制の整備を進め、制度的な基盤を確立しました。当初は幕臣とその子弟を対象としていましたが、後に陪臣、浪人、町人にも門戸が開かれました。尾藤二洲や古賀精里といった著名な儒学者も教鞭を執りました。

幕末から明治維新期

幕末期には、洋学や医学を取り入れるなど、規模を拡大し、開成所や医学所と並ぶ重要な教育機関となりました。しかし、明治維新の混乱の中で一時閉鎖され、その後新政府に接収されました。1868年（慶応4年）には「昌平学校」として再出発しましたが、皇学を重視する方針となり、儒学派と国学派の対立が激化しました。結果、1870年（明治3年）に廃止されました。

廃止後の影響と東京大学との関係

昌平学校廃止後、その跡地は東京府中学の仮校舎として利用されました。その後、文部省や国立博物館、東京師範学校などが置かれ、日本の近代教育の発展に貢献しました。現在の東京医科歯科大学湯島キャンパスの一部も、かつての学問所跡地です。また、昌平坂学問所は、幕府天文方や種痘所と同様に、後の東京大学につながる系譜上に位置づけられています。昌平坂学問所は、日本の近代教育史において重要な役割を果たした施設であり、その影響は現代にまで続いています。神田の学生街や古書店街の発展にもつながっていると言えるでしょう。

関連文献

山本武夫 「昌平坂学問所」 『国史大辞典』第7巻
山本武夫 「昌平坂学問所」 『日本史大事典』第3巻
田尻祐一郎 「昌平黌」 『日本歴史大事典』第2巻
斯文会・橋本昭彦 編『昌平坂学問所日記』1～3巻

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