暗号史

暗号史は、暗号、暗号学、暗号理論、暗号技術などに関する歴史的な出来事を扱います。この分野は、数千年にわたる暗号の進化と、それに対抗する解読技術の発展を包含します。

概要

暗号の起源は非常に古く、その歴史は数千年に及びます。初期の暗号は古典的なものが中心で、紙と鉛筆、そしてわずかな道具を使って暗号化が行われていました。暗号技術は、機械工作の進歩とともに徐々に発展してきました。暗号解読は暗号化の裏面にあり、言語学にルーツを持つ頻度分析の応用が初期の例です。技術史的には、18世紀以降の電気の応用が情報通信に革命をもたらし、同時に暗号化の必要性を高めました。エニグマのような電気回路を用いた暗号機は、後のコンピュータ時代における暗号技術の先駆けとなりました。

「ケルクホフスの原理」は、古典的な暗号と現代暗号を分ける重要な原則です。1940年代には、シャノンらによって情報理論が確立され、暗号の安全性を定量的に評価する基盤が築かれました。また、RSA暗号のような公開鍵暗号は、暗号技術における革命的な進歩でした。パーソナルコンピュータの普及により、個人レベルでの安全な通信が不可欠となり、携帯電話の暗号化など、身近な場所にも暗号が浸透しています。しかし、国家による暗号技術の制限や、鍵のエスクロー制度といったプライバシーを侵害する動きも存在し、セキュリティと自由の間の議論は今も続いています。

暗号の歴史

単純な換字式暗号の発生

暗号の歴史は、紀元前にまで遡ります。紀元前19世紀頃の古代エジプトの石碑には、ヒエログリフ（象形文字）を用いた最古の暗号文が見られます。これは、通常のヒエログリフとは異なる記号を使うことで、内容を隠す初期の換字式暗号の一例と考えられます。

紀元前5世紀には、スパルタでスキュタレー暗号が使われました。これは、棒（スキュタレー）に革紐を巻き付け、特定の太さの棒でなければ読めないようにするもので、棒の太さが鍵の役割を果たしました。紀元前2世紀には、ポリュビオスがポリュビオス暗号を発明しました。これは、アルファベットをマス目に配置し、その座標を暗号化する方式です。紀元前1世紀には、ユリウス・カエサルが用いたシーザー暗号が登場しました。これは、アルファベットを一定数ずらす単純な換字式暗号で、鍵はずれ数です。

換字式暗号からより複雑な暗号へ

換字式暗号は、9世紀頃にアラビア人によって発見された頻度分析によって解読されるようになりました。15世紀には、ヨーロッパでも頻度分析が確立し、単一換字式暗号は安全ではなくなりました。これに対抗するために、無意味な文字を混ぜたり、頻度の高い文字に複数の記号を割り当てるなどの工夫がされましたが、16世紀には安全性が低下しました。

同時期に、ヴィジュネル暗号のような多表式換字暗号が登場しました。これは、同じ文字でも暗号化されると異なる文字になるようにするもので、単一換字式暗号よりも安全性が高いとされましたが、暗号化・復号が複雑であったため普及しませんでした。17世紀には、ニュートンがライプニッツに微分法に関する記述をアナグラムで送ったというエピソードもあります。18世紀には、外交や軍事上の必要性から、安全なヴィジュネル暗号が使用されるようになりました。しかし、鍵の周期性という弱点も発見され、19世紀中頃には解読されました。

無線と暗号

1895年にマルコーニが無線通信を実現したことで、暗号の歴史は大きな転換点を迎えました。無線通信は傍受される可能性があり、暗号化が必須となりました。

機械式暗号装置の発明

ドイツで発明されたエニグマは、ローターとプラグを組み合わせた複雑な換字式暗号機で、第二次世界大戦中にドイツ軍の通信を支えました。エニグマは解読が非常に困難でしたが、チューリングらによって解読され、連合軍に大きく貢献しました。この頃には、戦況の変化のスピードに合わせて、暗号通信にも速度が求められるようになりました。アメリカ軍は、ナバホ語を暗号として使用し、日本軍は薩摩弁を通信に使用するなど、言語を暗号として使う試みも行われました。

コンピュータと暗号

1940年代には、コンピュータが登場し、機械式暗号の信頼性は失速しました。コンピュータは、任意の機械式暗号をシミュレートでき、暗号解読の強力なツールとなりました。一方で、半導体技術の進歩は、複雑なアルゴリズムを実現可能にし、信頼性の高い暗号を手軽に利用できるようにしました。

ブロック暗号の誕生

1970年代には、ブロック暗号が登場しました。これは、データを一定のブロックに分割し、換字と転置を繰り返して暗号化する方式です。DESの原型となるLuciferが誕生しましたが、Sボックスの設計に問題がありました。ブロック暗号は、より安全な暗号化を可能にしました。

鍵配送問題と公開鍵暗号

共通鍵暗号では、鍵を事前に安全に配送する必要がありましたが、その鍵を安全に配送することが困難でした。この鍵配送問題を解決するために、1976年にディフィーとヘルマンが公開鍵暗号の概念を提案しました。これは、暗号化と復号に異なる鍵を使うもので、RSA暗号はその代表的な例です。これにより、誰でも安全に通信できるようになりましたが、ソーシャルエンジニアリングによる鍵や情報の流出の危険性も問題となっています。

量子暗号の展望

RSA暗号の信頼性は、大きな数の素因数分解の困難さに依存していますが、量子コンピュータが実現すれば、RSA暗号は破られる可能性があります。そのため、量子暗号や耐量子暗号の研究が進められています。

日本の暗号の歴史

日本では1930年代から機械式暗号を開発、使用しましたが、多くは解読されていました。第二次世界大戦後、日本の暗号使用状況は秘匿されていますが、1977年には日本の外交通信暗号が解読されているという指摘がありました。調査の結果、それは電報略号を使用した機密性の低い通信であることが判明しました。1970年代の暗号を取り巻く状況は、技術的な進歩と、それに対するセキュリティの必要性の高まりを示しています。

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