朝田理論

朝田理論とは

朝田理論（あさだりろん）とは、部落解放同盟中央本部の第2代中央執行委員長である朝田善之助が1956年に提唱し、翌年組織方針として確立された部落解放理論です。朝田テーゼ、朝田ドクトリンとも呼ばれます。

概要

その核心は、「不利益と不快を感じさせられたら全て差別」「差別か否かというのは被差別者しか分からない」という考え方です。つまり、『差別』と感じた者に全ての決定権と主導権があるという、戦後の部落解放同盟が主導した部落解放運動の根底を成す理論です。

1956年の部落解放同盟第11回全国大会で論議を呼び、翌年の第12回全国大会で運動方針として可決されました。しかし、この理論を悪用し、役所や企業、個人を脅して金銭的利得や同和利権を得る者が現れました。同和行政・同和対策における不正や新たな問題も生じ、当初の部落解放運動の目的が失われました。

また、この理論を背景とした暴力や脅迫は、一般大衆が部落関係者との関わりを避ける意識を生み、国民融和を妨げる要因となりました。

成立の背景

1956年の大会で示された「差別に対する命題」は一旦保留となりましたが、地方自治体の行政を「差別行政」として糾弾し、同和対策事業予算を獲得する手段として利用されました。1960年代前半には、日本共産党系列の運動に対抗する形で意見書が提出され、理論が形成されていきました。

当初、朝田はマルクス・レーニン主義の理論を吸収しようとしましたが、1960年代半ばに社会党系幹部との関係を深め、反共主義に転じました。共産党系活動家は部落解放同盟から追放され、朝田理論は解放同盟の主流的立場となりました。

内容

朝田理論は、以下の3つの命題を前提としています。

「ある言動が差別にあたるかどうかは、その痛みを知っている被差別者にしかわからない」
「日常生起する問題で、部落にとって、部落民にとって不利益なことは一切差別である」（部落解放同盟第12回大会）

そして、以下の3つの命題から構成されます。

1. 「部落差別の本質は、部落民は差別によって主要な生産関係から除外されていることにある」
2. 「部落差別の社会的存在意義は、部落民に労働市場の底辺を支えさせ、一般労働者、勤労人民の低賃金、低生活のしずめとしての役割、部落民と労働者・勤労人民と対立させる分割支配の役割にある」
3. 「社会意識としての部落差別観念は、自己が意識するとしないとにかかわらず、客観的には空気を吸うように労働者・勤労人民の意識に入り込んでいる」

評価

肯定的な評価

部落解放同盟書記長を務めた小森龍邦は、朝田理論を「差別されているのは部落の責任だという意識を打ち破り、差別の本質的認識を前進させるために必要不可欠なもの」と評価しています。

否定的な評価

朝田理論に基づく恣意的な差別認定の乱発は、「箸が転んでも差別か」と揶揄されました。朝田自身も「差別者をつくるのは簡単だ」と豪語していたとされています。元門下生の東上高志は、朝田が些細な言動を差別と捉え、相手を非難する様子を語っています。

全解連の中西義雄は、朝田理論を「暴力団が因縁をつけて脅迫するのと同じ論法」と批判しています。また、岡映は、朝田理論が金銭目的の不正行為を正当化する根拠になった事例を紹介しています。

部落排外主義への批判

朝田理論は、部落民だけが部落解放運動に関わるべきとする部落排外主義を助長したとして批判されています。岐阜大学の藤田敬一は、部落出身ではないという理由で運動から疎外された経験を語っています。

京都産業大学の灘本昌久は、自身が部落出身者として扱われたことで運動内で発言権を得られた一方、部落外からの批判が「差別」として封殺される事例があったことを指摘しています。

部落関連以外での使用

朝田理論の「不利益と不快は一切差別」「差別か否かというのは被差別者しか分からない」という考え方は、在日朝鮮人・韓国人による異論への批判にも用いられています。

まとめ

朝田理論は、部落解放運動に大きな影響を与えた一方で、様々な問題点も指摘されています。その功績と負の側面を理解することが、部落問題の解決に向けて重要となります。

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