木工用ボンド
木工用ボンド(もっこうようボンド)は、一般的に「酢酸ビニル樹脂エマルジョン
接着剤」を指す通称であり、
木材接着剤の一種です。「木工ボンド」と略されることもあります。英語圏では「ホワイトグルー (White glue)」などと呼ばれます。
概要
歴史的背景
第二次世界大戦の開戦に伴い、それまで
接着剤として広く用いられていた膠(にかわ)の供給が困難となりました。この状況を受け、
1943年(昭和17年)頃から、米国政府印刷局(GPO)が
製本用途の
合成樹脂接着剤の研究を開始しました。この研究から、背張り用の
接着剤として
ポリ酢酸ビニル乳濁液に
可塑剤を添加した製剤が誕生しました。この時の研究報告に基づき、戦後日本の大蔵省印刷局が
1951年(昭和26年)に追試験と試作を実施し、戦後の日本においても原材料が入手可能であり、性能と費用対効果の面で実用可能であることを確認しました。
日本での展開
1952年(昭和27年)、
コニシから初の合成
接着剤「ボンド」が発売されました。当初は主に
製本用途で用いられていましたが、
コニシが各企業へサンプルを提供した際、名刺
製本用にサンプルを配っていた朝日新聞社から「これは下駄の歯の接着に有用だ」との声が上がったといいます。この出来事をきっかけに、酢酸ビニルエマルジョンが
木材接着に応用可能である可能性に着目し、1953年には
可塑剤の配合を調整。
木材接着に最適な柔軟性と強度を備えた新製品「CHシリーズ」を市場投入しました。これが直接的な木工用ボンドの源流となったのです。
1957年には、
コニシが「小型チューブ入りボンド木工用」を発売。これにより、国内で初めて家庭向けとして木工用ボンドが提供されることとなりました。この成功を受けて、その後、他社からも同様の製品が登場し、広く製造・販売されるようになりました。
由来
名称は、英語の「bond」(つなぐ、接着、
接着剤)という単語に由来します。「木工用」と「ボンド」を組み合わせた複合語として「木工用ボンド」という通称が定着しました。
成分と特徴
木工用ボンドの主成分は、酢酸ビニル樹脂(化学式:C₄H₆O₂)です。水性系の
接着剤であり、
接着剤に含まれる水分が
木材や
紙などの被着材に吸収・蒸発することで固化します。これは「機械的結合」と呼ばれる固化メカニズムです。主な特徴として、固化後も一定の弾力性を持つこと、通常は乳白色の液体ですが乾燥すると無色透明になる点が挙げられます。
特性
酢酸ビニル樹脂エマルジョン
接着剤を木工用途で利用する際には、以下のような利点と欠点があります。
利点
比較的安価に入手できます。
一液性で特別な準備が不要なため、簡単に使用できます。
膠や溶剤系
接着剤と比較して、衛生的で人体への影響が少ないとされます。
接着剤を塗
布してから貼り合わせるまでの時間に比較的余裕があります。
室温で容易に乾燥・硬化します。
接着面に圧力をかけて締め付けることで、接着力が高まります。
乾燥後の接着面は柔軟性があり、衝撃に対してある程度の耐性があります。
硬化後は半透明になるため、
接着剤が多少はみ出しても目立ちにくいです。
乾燥後の接着強度は高いです。
接着箇所を加工する際に、ノコギリや
鉋(かんな)の刃を傷めにくい性質があります。
硬化後の耐老化性に優れ、経年変化に強い傾向があります。
未開封の状態であれば、長期の保存が可能です。
欠点
0度以下の環境で凍結し、成分が破壊されると接着力を失います。
接着後の耐水性がやや劣るため、湿度が高い環境では接着強度が低下することがあります。
比較的耐熱性も低めです。
季節による温度変化で粘度が大きく変動しやすい性質があり、これを調整するために
可塑剤や溶剤が配合されます。ただし、
可塑剤は温度変化に対して不安定で、染み出すとニスや塗料を汚損する可能性があり、建築用途では夏用と冬用で配合が異なる製品も存在します。
種類
木工用ボンドには、その用途や特性に応じていくつかの種類があります。
一般的な木工用(白ボンド): 樹脂分が約41%、水分が約59%の配合が多いとされます(メーカーにより異なります)。欧米でも「ホワイトグルー (White glue)」や「スクールグルー (School Glue)」として広く普及している、最も一般的なタイプです。
木工用速乾: 一般的なタイプよりも樹脂分の割合が高く(樹脂約55%、水分約45%など)、水分が少ないため乾燥が速いのが特徴です。
木工用多用途: 主成分に
エチレン酢酸ビニル樹脂などを用いることで、
木材だけでなく、皮、
布、
紙といった多孔質材と、塩化ビニル樹脂や金属などの無孔質材との接着も可能にしたタイプです。機械的特性は一般的な木工用ボンドと同等ですが、無孔質面への接着力や耐湿性が優れています。
その他の種類: 手芸用、学校教材用、建築用など、特定の用途に特化した製品も存在します。
用途
木工用ボンドは、その使いやすさと性能から非常に幅広い用途で利用されています。
建築物の内装における木工事や、家具・建具の製作。
木材、合板、
紙、
布、フェルト、パーティクルボード、ハードボード、インシュレーションボード、MDFといった様々な材料の相互接着。
DIYや学校での工作。
澱粉などを加えて作る
スライムの一種である「グラーチ」の材料。
砂像制作や、アーティスト
冨永ボンド氏が創案した独自の画法「ボンドアート」、ソルトペインティングなど、アート分野での利用。
バドミントンのシャトルの修復や、
弓道の弦の補強材として用いられる天鼠(てんそ)の調整。
また、木工用ボンドが
ゴムや特定のプラスチックの接着に向かない性質を利用し、ラバーストラップなどの
ゴム製品の汚れを落とすために使用されるケースもあります(推奨される方法ではありません)。主成分である酢酸ビニル樹脂の
酸性度を利用して、金属の錆取りに応用されることもありますが、これもメーカーは推奨していません。
規格と商標
規格
日本では、
日本産業規格(JIS)において「酢酸ビニル樹脂エマルジョン
木材接着剤 (Poly (vinylacetate) emulsion adhesives for woods)」として規格(JIS K 6804:2003)が定められています。国際的にも、
国際標準化機構(ISO)によって同様の規格(ISO 2115、ISO 6238)が存在します。
商標
「ボンド」は、
コニシ株式会社の登録商標です。
コニシが展開する
接着剤ブランド「ボンド」の中で、特に木工用ボンドの知名度が非常に高く、酢酸ビニル樹脂エマルジョン
接着剤の通称として「木工用ボンド」が広く使われるようになりました。
コニシでは、「ボンド」という商標が普通名称化しないよう、自社ウェブサイトなどで積極的に登録商標であることを明示しています。
補足
海外製品
海外、特にアメリカでは、フランクリン社製の「タイトボンド」が木工用
接着剤として広く普及しています。しかし、タイトボンドは脂肪族樹脂を主成分としているため、日本の「酢酸ビニル樹脂エマルジョン
接着剤(通称:木工用ボンド)」とは主成分が異なります。
その他
コニシ株式会社は、製品名である「
コニシ ボンド木工用」のチューブ容器の形状そのものについても立体登録商標として登録しています(日本第5053354号)。
関連項目
接着剤
糊 (文具)