木村肥佐生

木村 肥佐生

木村 肥佐生（きむら ひさお）は、1922年（大正11年）1月4日に生まれ、1989年（平成元年）10月9日に亡くなった日本のチベット研究者、情報活動家です。亜細亜大学アジア研究所の教授を務め、その独特な経歴からチベット研究において著名な存在でした。モンゴル名はダワサンボー。

生い立ちから大陸へ

長崎県佐世保市に生まれた木村は、九州学院を卒業後、船員養成所を経て南洋定期航路に乗船しましたが、船員としての道を断念します。大陸への関心を深め、1940年には興亜院のモンゴル留学生として、蒙古善隣協会興亜義塾に二期生として入学しました。ここで後のチベット探検家・西川一三と机を並べることになります。その後、蒙古善隣協会の職員を経て、1942年には大東亜省の内蒙古張家口大使館調査課に勤務しました。

決死のチベット潜入

太平洋戦争中の1943年、木村は極秘裏にチベットへの潜入という困難な任務に身を投じます。目的は、当時、連合国側がソビエト連邦のシベリアや中国新疆省を経由して中華民国重慶の蒋介石政権に物資を供給していた「西北ルート」の実態を調査することでした。1943年12月15日、張家口の日本大使館調査官という立場を偽装し、二人のモンゴル人とともに調査のため出発します。

広大な草原を一年間かけて西へ進み、1944年2月2日に青海の西寧に到達。この地滞在中、クムブム寺においてパンチェン・ラマ10世の推戴式という歴史的な出来事を目撃しました。その後、ツァイダム地方へと足を踏み入れますが、ここで約一年間もの間、拘束状態に置かれるという予期せぬ苦難を経験します。

1945年5月18日、ようやくツァイダムを離れることが許され、チベット奥地へと旅を続けました。そして、同年9月2日、ついにチベットの首都ラサに到着します。しかし、ラサ滞在中に日本の敗戦を知り、大きな動揺に見舞われます。わずか19日間の滞在でラサを後にし、インドへと向かいました。

インドのカリンポンで改めて終戦の報を確認しましたが、この地でチベットの人々と深く交流する中で、イギリスの情報活動への協力を開始します。1947年には、かつて興亜義塾で同期であった西川一三と共に、スパイとして東チベットに入り、中国国民党軍のチベットに対する動きについて調査を実施しました。1948年3月には再度ラサ入りを果たしますが、政治情勢の変化により、1949年にはチベットから追放されることとなります。

その後、インドのカルカッタに滞在中、日本の貨物船が港に停泊していることを偶然知り、治安当局に出頭。日本への送還が決定し、1950年6月10日に約7年に及ぶ波乱の旅を経て、故国日本に帰還しました。

帰国後の貢献

日本に帰国した木村は、1951年から1976年まで長期間にわたり、駐日アメリカ大使館に勤務し、情報関係の業務に携わりました。1977年には、自身の貴重な実体験と知見を活かし、亜細亜大学アジア研究所の教授に就任。チベットおよびアジア地域に関する研究と教育に情熱を注ぎました。また、同時期にチベット文化研究会の副会長も務め、日本におけるチベット文化の普及と理解促進に貢献しました。

支援活動と研究業績

木村は、チベットの厳しい状況にも心を寄せ、支援活動にも尽力しました。1965年には、ダライ・ラマ14世の兄であるペマ・ギャルポらを、丸木清美らの協力を得て、日本へ難民として受け入れるための支援を行っています。

また、学術的な業績としては、1981年から1987年にかけて亜細亜大学アジア研究所の紀要に発表した一連の研究論文が特筆されます。これらの論文で、日本人として二番目にラサに入ったとされるものの、その功績があまり知られていなかった成田安輝の行動や背景に関する歴史的事実を詳細に調査し、明らかにしました。これは、日本の近代チベット探検史研究における重要な貢献として評価されています。

主な著作

木村の波乱に満ちた潜入経験は、複数の著作として世に問われました。単著には、多くの読者に衝撃を与えた『チベット潜行十年』（1958年、後に中公文庫版1982年）があります。また、没後に出版されたスコット・ベリー編の『チベット偽装の十年』（原題：Japanese agent in Tibet, 1990年、日本語訳1994年）も、その活動を知る上で貴重な資料となっています。学術的な分野では、ダライ・ラマ14世の自叙伝『チベットわが祖国』（1986年）の翻訳など、チベット関連書の紹介にも努めました。

晩年

長年にわたり、諜報活動という特殊な経験と、大学教授としての学術的活動の両面から、チベットおよびアジア地域への理解促進に貢献した木村肥佐生は、1989年10月9日、十二指腸穿孔のため67歳でその生涯を閉じました。

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