李容九

李容九（り ようきゅう）は、大韓帝国末期の政治家であり、特に日本との合邦を強く主張し、その実現に奔走した人物として知られています。碧珍李氏という名門両班の家系に生まれながら、青年期には当時の社会変革運動であった東学に傾倒。1894年の甲午農民戦争では東学軍の指揮官として、日本の軍勢と対峙しました。この戦いの後、李容九を含む東学党の関係者は逮捕されましたが、彼は獄中でも一切供述せず、後に釈放されています。

李容九の思想と立場は、釈放後の数年を経て大きく転換します。1901年、東学を天道教と改称した指導者・孫秉煕らと共に日本を訪問。この訪日と同時期に勃発した日露戦争を契機に、彼は反日的な姿勢から一転して親日へと傾いていきました。彼は日本の力がロシアに対抗し、朝鮮を富国強兵へと導く唯一の方法だと考えるようになったのです。

1904年、李容九は宋秉畯と共に政治結社「一進会」を設立し、その会長に就任します。一進会は「アジア主義」と「大東合邦論」を掲げ、欧米列強の侵略に対抗するためにはアジア諸国が連携する必要があると主張しました。さらに、朝鮮の自力での改革は不可能であり、日本との軍事同盟や将来的な合邦こそが、ロシアの脅威に対抗し、朝鮮社会を根本的に改革する道であると説きました。1906年には、後の韓国併合とは趣を異にする、「日韓合邦」という概念を初めて公に提唱しています。

同時期、李容九の親日的な姿勢と合邦論は、かつての同志である孫秉煕との間に溝を生じさせました。孫秉煕が李容九を警戒したこともあり、李容九は天道教を脱退し、新たに「侍天教」を設立してその教祖となります。これは、彼が宗教指導者としての影響力も保持しつつ、政治的な活動を推し進めようとした表れと言えるでしょう。

1909年、伊藤博文が暗殺されると、李容九は一進会員を代表し、大韓帝国の皇帝純宗、日本の曽禰荒助韓国統監、そして李完用総理に対し、「韓日合邦建議書」を提出しました。この建議書は、朝鮮自身による政治改革の失敗や欧米への依存が国難を招いたと指摘し、日清・日露戦争における日本の「献身」に感謝の意を示しつつ、大韓帝国と日本が対等な立場で一つの国家を形成することを求める内容でした。建議書には、朝鮮人が日本人と同等の国民待遇を受け、共に国を発展させたいという願いが込められていました。

しかし、1910年8月22日に実現したのは、李容九らが理想とした対等な合邦ではなく、日本による韓国併合でした。併合後の同年9月25日、一進会は解散します。李容九は、両班による下層階級への搾取や虐待といった朝鮮社会の構造的な問題を、朝鮮人自身の力だけでは克服できないと深く絶望しており、日本との合邦によって初めて公正な社会が実現できると信じていました。しかし、結果として対等合邦は実現せず、日本による支配体制が敷かれることになります。

李容九は併合後の1911年に疲労から病に倒れ、漢城病院に入院しました。翌1912年5月22日、日本の須磨にて死去しています。入院中、見舞いに訪れた日本人友人に、一進会での活動に対する後悔の念を漏らしたとも伝えられています。

李容九が目指した対等合邦が日本側によって拒否され、一方的な併合という形で決着したことは、一進会の元会員たちの間に大きな失望と怒りを広げました。この経験は、後の三・一運動に参加する者が出るなど、独立運動へと向かう彼らの意識に影響を与えた側面も否定できません。

現代の大韓民国においては、李容九は日本への協力者、「親日派」あるいは「売国奴」として、極めて否定的な評価を受けています。その生涯は、激動の時代における一人の政治家の理想と挫折、そしてその後の歴史的評価の変遷を示す事例と言えるでしょう。

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