村上忠順

村上 忠順（むらかみ ただまさ）

村上 忠順は、文化9年（1812年）4月1日に三河国碧海郡堤村（現在の愛知県豊田市高岡町）に生まれた国学者であり、刈谷藩の御典医も務めた人物です。父・忠幹、祖父・忠直と続く医師の家系に育ちました。幼名は賢次、字を承郷、蓬盧と号しました。特に国学の分野で深い造詣を示し、同時代の吉田藩の国学者である羽田野敬雄と並び、「東の羽田野、西の村上」と称される存在でした。彼の生涯における最大の功績の一つは、生涯をかけて蒐集した膨大な蔵書群であり、これは後に「村上文庫」として刈谷市立図書館の創設に繋がる貴重な遺産となりました。

生涯

青年期の研鑽

忠順は幼い頃から並外れた聡明さを示したと伝えられています。4歳で中国の詩選集である『唐詩選』を諳んじ、5歳で『大学』や『孝経』を読み、7歳で四書五経に親しむなど、幼少期から勉学に励みました。13歳からは名古屋に出て森高雅に絵画を学び、15歳からは加藤敬順のもとで医学（内治学）を修めました。その後、郷里に戻り医業を開業しますが、学問への探求心は尽きることなく、17歳で渡辺綱光に歌道を学び、18歳からは秦鼎に『万葉集』や『周礼』を、植松茂岳に『古事記』を学ぶなど、様々な分野で知見を深めました。

御典医と国学

天保元年（1830年）、兄の死を受けて村上家の家督を継いだ忠順は、父の医業を手伝いながら地域で診療を行いました。嘉永2年（1849年）には本居宣長の孫にあたる本居内遠に師事し、本格的に国学の研鑽を始めます。嘉永6年（1853年）、父・忠幹の死去に伴い、刈谷藩主土井利善の御典医職を拝命しました。しかし、忠順は医術をあくまで生活を支える手段と考え、その情熱の大部分は国学の奥義を極めることに注がれました。御典医として藩に仕える傍ら、藩主利善に短歌を教授したり、『論語』『老子』『荘子』『源氏物語』などを進講したりするなど、学問面でも藩主に影響を与えました。多くの門人を抱え、その数は150人以上に及んだとされています。

勤皇思想と明治維新

幕末の動乱期、三河地方の国学者の間には尊皇思想が広まっていました。忠順もまた、吉田藩の羽田野敬雄、田原藩の渡辺崋山らと共に、この思想に共鳴していました。刈谷藩内では佐幕派が主流でしたが、忠順は公然とした勤皇活動は控えたものの、その思想を堅持しました。天誅組に加わった松本奎堂や宍戸弥四郎に影響を与えたとされ、天誅組の変が失敗した際には、追われる志士たちを匿ったこともあります。息子の忠明も尊攘運動家として知られ、松本奎堂の門人でした。明治元年（1868年）には有栖川宮熾仁親王の命を受けて江戸へ赴き、明治政府への出仕を求められましたが、これを辞退し、以降は国学の研究や作歌に専念する道を選びました。

隠居と晩年

明治維新後、忠順は豊川の郷校「修道館」で助教を務めた後、神祇官や神祇省での仕事にも携わりました。明治7年（1874年）5月には三男の忠浄に家督を譲り、隠居して悠々自適の生活を送りました。明治13年（1880年）には東京の有栖川宮邸で酒を賜り、その喜びを歌に詠んでいます。明治17年（1884年）11月22日に死去。享年73歳。郷里の村上家代々の墓に葬られ、常盤堅磐老翁と追諡されました。

死後

忠順の功績は後世に伝えられています。豊田市高岡コミュニティセンター内の六鹿邸には、忠順に関する資料が展示されています。また、村上家の旧宅にある「千巻舎」「門附土塀」「石碑」は、平成19年（2007年）に豊田市指定文化財となりました。

村上文庫

村上忠順が蒐集した書物は約2万5千冊にも及びます。これらの蔵書は国文学、地理、歴史などの分野において貴重なものが多く含まれており、かつては宮内庁などにも貸し出されるほどでした。忠順の蔵書を大切に後世に残すため、明治7年（1874年）には弟子であり娘婿であった深見篤慶が、碧海郡高岡町に蔵書保管のための施設「千巻舎」を建立しました。その後、蔵書は息子・忠浄によって管理されていましたが、大正3年（1914年）、刈谷町出身の医師・宍戸俊治と町議会議員・藤井清七がこの全蔵書を買い取りました。彼らはさらに図書閲覧室と書庫を新設し、書籍と共にこれらを刈谷町に寄付しました。この寄付を基に、大正4年（1915年）に刈谷町立刈谷図書館（現在の刈谷市立城町図書館）が設立されました。図書館の開館にあたり、書誌学者である森銑三が約1年をかけて蔵書を分類・整理しました。大正6年（1917年）、村上忠順が蒐集した貴重書を核とした刈谷図書館が開館しました。

「村上文庫」と呼ばれるこの蔵書群には、忠順自身の自筆写本数千冊や著書77種が含まれています。国語学者の山田孝雄は、忠順の『古事記評註』、『頭註新葉和歌集』、『散木弃謌集評註』の三書を名著として高く評価しています。昭和33年（1958年）には、「典籍 村上文庫」として刈谷市指定文化財に登録されました。

主な著書

忠順の著書は多岐にわたり、上梓されたものは77種に上ります。

『類題玉藻集』
『類題参河歌集』
『古事記評註』
『評註古語拾遺』
『頭註新葉和歌集』
『散木弃謌集評註』
* その他多数

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