松代群発地震

松代群発地震は、1965年 8月3日から約5年半もの間、長野県埴科郡松代町（現在の長野市）周辺で発生した、世界的に見ても稀な長期間にわたる群発地震です。この地震は、松代地震とも呼ばれています。

地震の概要

震源地は皆神山付近で、総地震数は71万回を超え、そのうち有感地震は約6万3千回に達しました。震度5を記録した地震も9回発生しています。地震の深さは非常に浅く、ほとんどが7キロメートル未満でした。群発地震全体のエネルギーはマグニチュード6.4相当と推定されています。地殻変動も大きく、最大で約1メートルの隆起が観測され、隆起域は直径約10キロメートルに及びました。また、付近には「松代地震断層」が発見されています。微小地震の観測能力は十分だったにも関わらず、グーテンベルグ・リヒター則から期待されるよりも微小地震の発生回数は少なかったことが特徴的です。

地震の原因

地震の原因については、複数の説が提唱されています。

水噴火説: 地下水の湧出量が非常に多いことから、地下深部の高圧の地下水が岩盤の割れ目に沿って上昇し、岩石の強度を低下させて地震を引き起こすという説です。この地下水は、上部地殻だけでなく、上部マントル付近を起源とするものも含まれることが、後の研究で明らかになっています。
マグマ活動説: 地下の溶岩の上昇に伴い、熱せられた岩盤が膨張し、地震が発生するという説です。観測結果から、3箇所のマグマ溜まりの存在が示唆されています。ただし、地磁気の観測データからは、マグマの貫入は否定的な見解が示されています。

地質的背景

震源域となった松代は、フォッサマグナの中央部に位置し、糸魚川静岡構造線に近い場所にあります。この地域は、周辺の長野盆地や水内丘陵とは異なる地質区を形成しており、相対的に隆起しています。人工地震調査の結果、水内丘陵と中央隆起帯の境界が地下に存在することが明らかになりましたが、群発地震は境界を越えて水内丘陵内部では発生しませんでした。

1967年に行われた重力分布調査では、皆神山付近に低重力域があり、地下にはマグマ溜まりが起源と考えられる空洞が存在する可能性が示唆されました。ボーリング調査では、皆神山溶岩の厚さが約150メートルであることが確認され、その下には湖水堆積物が存在することがわかりました。

地震活動の推移

群発地震は、震源域の広がりによって5つの活動期に分けられます。

第1活動期（1965年8月～1966年2月）

震源は皆神山を中心とした半径5キロメートルの範囲内でした。1965年 8月3日に最初の微小地震が観測され、8月7日には最初の有感地震が発生しました。10月には震度3の地震が初めて発生し、11月には震度4の地震も発生しました。この時期には、1日に2,000回を超える地震が観測されました。

第2活動期（1966年3月～7月）

震源域は北東、南西方向に拡大しました。1966年1月には最初の震度5の地震が発生し、地震の総回数は10万回を超えました。4月には最大規模のマグニチュード5.4の地震が発生し、家屋の損壊や負傷者も出ました。また、この時期には、1日に6,000回を超える無感地震と数百回の有感地震が観測されることもありました。

第3活動期（1966年8月～12月）

活動の最盛期を迎え、震源域は須坂市、川中島、更埴市、真田町まで広がりました。8月には地震の総回数が50万回を超え、皆神山付近では地割れや湧水が発生しました。9月には地滑りが発生し、家屋が倒壊する被害も発生しました。

第4活動期（1967年1月～5月）

震源域はさらに北東、南西方向に拡大しましたが、皆神山を中心とする中央部の活動は減少しました。地震の回数は激減し、1年間で2,351回となりました。

第5活動期（1967年6月～1970年6月）

活動は急速に衰え、地震の回数は大幅に減少しました。1970年 6月5日に長野県は群発地震の終息を宣言しましたが、現在もごくわずかな地震活動が続いています。

他の地震との関連性

松代群発地震は、過去に発生した複数の地震との関連性が指摘されています。茨城県北部地震、田島地震、今市地震などがきっかけとなった可能性や、男鹿半島沖地震、新潟地震との関連性も指摘されています。特に、日本海東縁変動帯で発生した青森県西方沖地震と新潟地震の影響で応力が高まったとする研究もあります。

水噴火モデル

発生当初、メカニズムは不明でしたが、その後の研究で「水噴火」モデルが定説となりました。このモデルは、深部の帯水層に存在する高圧の地下水が上部の岩盤に浸入・破壊することで地震を引き起こし、その結果、地下水が地表に湧き出すというものです。湧出した地下水には、塩化カルシウムが多く含まれていました。

影響

被害

道路の地割れや住宅の損壊、液状化、湧水などの被害が発生しました。総被害は、負傷者15名、家屋全壊10戸、半壊4戸、地滑り64件に及びました。また、住民の中にはノイローゼを訴える人もいました。塩化カルシウムを含む地下水の湧出により、田畑に塩害も発生しました。

地震予知への貢献

松代群発地震の観測と研究は、日本の地震予知研究を大きく進歩させました。北信地域地殻活動情報連絡会がモデルとなり、1968年には地震予知連絡会が発足しました。また、1967年には松代地震センターが設置され、観測体制が強化されました。

松代群発地震は、その特異な現象から多くの研究が行われ、地震発生のメカニズム解明に大きく貢献しました。また、地震予知研究の進展にも重要な役割を果たしました。

もう一度検索