松本奉時

松本奉時：蛙と交流した江戸時代の絵師

松本奉時（まつもとほうじ）は、江戸時代中期（天明・寛政期）に大坂で活躍した絵師であり、表具師でもありました。正確な生没年は不明ですが、1800年（寛政12年）8月12日に没したと伝えられています。字は周助（または周介）、号は奉時道人として知られていました。

奉時は、表具師としての本業を持ちながらも、絵画にも深い情熱を注ぎました。とりわけ、蛙をこよなく愛し、単に飼育するだけでなく、蛙に関連するあらゆるものを収集するほどの熱心さを持っていました。その愛情は作品にも反映され、水墨画で描かれた蝦蟇図（がまづ）は、彼独自の作風として高く評価されています。力強い筆致で描かれた、構図の似た複数の蝦蟇図が現存しており、その中には、大阪の狂詩人として知られる畠中観斎（銅脈先生）の賛が付されたものも多数あります。このことから、奉時と観斎のコラボレーション作品が当時高く珍重されていたことがわかります。

奉時の絵画には、同時代の著名な絵師たちとの交流が色濃く反映されています。特に、伊藤若冲とは親交が深く、若冲が晩年を過ごした石峰寺を訪れた記録も残っています。若冲の作品から影響を受けた作品もいくつか確認されており、当時の画壇における奉時の地位の高さを示唆しています。

奉時は天明年間、龍の夢を見たことを瑞兆（良い前兆）として捉え、書画の収集を本格的に開始しました。収集した作品は『奉時清玩帖』などの画帖に仕立てられ、当時の著名な書家や絵師、文人たちの揮毫（きごう）を求め、大切に保管されていました。

中でも注目すべきは、『諸名家合作（松本奉時に依る）』という画帖です。寛政8年から10年（1796年から1798年）にかけて制作されたこの作品には、若冲をはじめ、慈雲飲光、日野資枝、西依成斉、中井竹山、六如慈周、細合半斉、皆川淇園、墨江武禅、福原五岳、中江杜徴、森周峯、圓山応瑞、奥田元継、森祖仙、木村蒹葭堂、伊藤東所、長沢芦雪、月僊、上田耕夫、篠崎三嶋、呉春といった、京阪の名だたる画家たちの作品が収められています。画面中央左には、木村蒹葭堂が力強い筆致で「竹に猿」を描いており、画面左下には奉時の蔵印が押されています。この豪華な顔ぶれは、奉時の高い交際力と、当時の画壇における彼の影響力の大きさを物語っています。

奉時の作品としては、複数の「蝦蟇図（蛙図）」の他、「白象図」（伊藤若冲の作品に倣った旨が記されている）、宝蔵寺所蔵の「大黒天図」、「蛙画帖」、「名画画譜」（丹羽盤桓子編、松本奉時他筆）などが知られています。これらの作品群は、彼が表具師としての技術と、独自の画風を融合させた多彩な活動を展開していたことを示しています。

このように、松本奉時は、表具師としての技能と、蛙への深い愛情、そして同時代の著名な画家たちとの交流を通して、独自の芸術世界を築き上げた、江戸時代中期を代表する個性的な絵師であったと言えるでしょう。彼の作品は、当時の美術史や文化史を知る上で貴重な資料となっています。

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