松本秀持

松本秀持（まつもと ひでもち）

江戸時代中期に幕臣として活躍した松本秀持は、通称を十郎兵衛、官名を伊豆守といった。彼の家柄は代々江戸城の天守番を務めるという、幕府の役職の中では比較的下位に位置するものだった。しかし、その才能が時の老中田沼意次の目に留まり、異例ともいえる昇進を遂げ、幕府の財政を司る要職である勘定奉行にまで上り詰めた人物として知られる。

出自から抜擢まで

松本家は信濃源氏の流れを汲むとされ、中世末期には成田氏に仕え、その後徳川氏に臣従してからは代々御家人の列に加えられていた家柄である。松本秀持は享保19年（1734年）10月9日に家督を継ぎ、天守番となった。

転機が訪れたのは宝暦12年（1762年）12月2日。この時、彼は天守番から勘定方へ抜擢される。これは田沼意次によって彼の能力が見込まれたことによるもので、この抜擢に伴い、廩米（ろくまい）として100俵5口という扶持を受けた。

その後も順調に昇進を重ね、明和3年（1766年）12月18日には勘定組頭に就任。明和9年（1772年）7月24日にはさらに重職である勘定吟味役となり、同年12月18日には布衣（ほい）を許される身分となった。

そして安永8年（1779年）4月15日、ついに幕府の要職である勘定奉行に就任する。この際、知行地として500石を与えられた。さらに同年12月9日には、従五位下伊豆守に叙任された。天明2年（1782年）11月2日からは、田安家家老の職も兼任した。

主な業績

勘定奉行として、松本秀持は幕府の財政及び土木事業、さらには当時の経済政策に深く関与した。

彼は下総国（現在の千葉県北部）における印旛沼や手賀沼といった広大な沼地の干拓事業を主導した。これは新田開発による生産力の向上を目指す重要な政策であり、その遂行に力を尽くした。

また、天明年間（1781年～1789年）には、度重なる飢饉や社会不安の中で、幕府の経済政策の一翼を担った。その中でも特筆されるのが、北方探索、特に蝦夷地（現在の北海道）に関する政策への関与である。

松本秀持は、仙台藩の医師である工藤平助が著した、蝦夷地の重要性を説く『赤蝦夷風説考』に注目した。彼はこの書を田沼意次に提出し、蝦夷地の調査・開発の必要性を強く上申した。田沼は工藤の献策を受け入れ、工藤自身に蝦夷地の調査を命じたが、松本秀持もこの動きを積極的に推進した。

松本秀持は、文人であり探検家でもあった平秩東作（へづつ とうさく）から、蝦夷地のアイヌの人々の風俗や現地の産物に関する情報を得るなど、多方面から情報を収集した。そして安永3年（1784年）10月には、蝦夷地の本格的な実地踏査を決断し、二度にわたる調査隊を現地に派遣した。この調査隊の中には、後に日本各地、特に北方を探検して多くの功績を残すことになる最上徳内も参加していた。

これらの調査を踏まえ、松本秀持は蝦夷地の開発計画に着手しようとしていた。

失脚と晩年

しかし、松本秀持の栄達と蝦夷地開発の試みは、時の権力者であった田沼意次の失脚とともに暗転する。

天明6年（1786年）9月1日（旧暦8月27日）に田沼意次が老中を罷免されると、その腹心であった松本秀持も影響を受けることになる。同年閏10月5日、彼は田安家家老を辞任した（同年10月5日辞任との記述もあり）。そして同日、勘定奉行を免職され、小普請組への降格と同時に逼塞（自宅謹慎）処分を受けた。さらに、知行地も250石減知された。

追い打ちをかけるように、翌天明7年（1787年）には、米価高騰を背景に越後で行われた米買占めに関与したとされる「越後買米事件」の責任を問われることとなる。この事件に連座したとして、同年12月5日、再び逼塞処分となり、知行地はさらに100石減知された。

度重なる処分に見舞われた松本秀持だったが、天明8年（1788年）5月8日には罪を赦され、再び自由の身となった。

その後は第一線から退いたと思われるが、寛政9年（1797年）6月5日、68歳でその生涯を閉じた。墓所は現在の東京都世田谷区北烏山五丁目にある幸龍寺に営まれた。

関連事項

越後買米事件では、松本秀持とともに勘定組頭を務めていた土山宗次郎も責任を問われ、斬首という厳しい処断を受けている。

松本秀持は、近年の歴史関連のテレビドラマでも描かれることがある。1994年放送のNHK時代劇『大江戸風雲伝』では狭間鉄が、2025年放送予定のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では吉沢悠が演じる予定である。

彼の生涯は、田沼時代という特異な時期に、低い身分から才覚一つで昇りつめ、大胆な事業を推進しながらも、政治の波に翻弄され失脚した一人の幕臣の軌跡を示している。

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