楊芷

楊芷（よう し）：西晋の皇后、その生涯と悲劇

楊芷は、中国西晋の武帝司馬炎の2人目の皇后であり、初代皇后である楊艶の父方の従妹にあたります。字は季蘭、幼名は男胤といいました。彼女は弘農郡華陰県を本貫とし、父は驍騎鎮軍二府司馬の楊駿、母は正妻の龐氏という家柄に生まれました。

生涯

楊芷は温和で物静かな性格であり、その容貌は美しく、婦徳を備えていたと伝えられています。当初、父の楊駿は彼女を美少年として名高い王衍と結婚させようとしましたが、王衍は楊駿を嫌い、仮病を使って拒否しました。

泰始10年（274年）7月、皇后の楊艶が病に倒れると、楊艶は武帝の寵妃であった胡芳（胡奮の娘）が次の皇后となるのを嫌い、死の間際に武帝に「叔父の娘である楊芷は徳があり容貌も優れているので、後宮に入れてほしい」と懇願しました。武帝はこれを受け入れ、楊芷は後宮に迎えられることとなりました。

咸寧2年（276年）10月、楊芷は皇后に立てられました。上品で優美な彼女は司馬炎から深く愛され、これにより父の楊駿は外戚として破格の抜擢を受け、2人の叔父（楊珧と楊済）と共に権勢をほしいままにし、「天下三楊」と称されるほどになりました。

太康4年（283年）には、勃海殤王司馬恢を出産しましたが、司馬恢は夭折してしまいます。その後、楊芷は子を授かることがなかったため、豫章王司馬熾（後の懐帝）を養育しました。

皇太子司馬衷の妃である賈南風は嫉妬深く、司馬衷の子を妊娠した妾を殺害したことがありました。司馬炎はこれに激怒し、賈南風を金墉城に幽閉しようとしましたが、楊芷は「太子妃は社稷に大きな功績のある賈公閭（賈充の字）の娘です。嫉妬深いとはいえ、先人の徳を忘れてはなりません」と諫めました。これにより、司馬炎は怒りを鎮めました。しかし、賈南風は楊芷が自分をかばっているとは知らず、逆に司馬炎の前で讒言していると思い込み、楊芷を恨むようになります。

太康10年（289年）11月、疫病に倒れた司馬炎は、太子の司馬衷（楊艶の息子、後の恵帝）の暗愚を心配し、楊駿と汝南王司馬亮に補佐させようと詔書を書きました。しかし、楊芷は父と共に裏で工作し、司馬亮を侍中・大司馬・大都督・豫州諸軍事に任じて仮黄鉞を与え、許昌に出鎮させました。また、他の皇族についても昇進を名目として地方に追い払いました。

太熙元年（290年）3月、武帝の病状が悪化すると、楊芷は政治を全て楊駿に任せるよう司馬炎に勧めました。司馬炎は意識が朦朧としており、訳も分からずに頷きました。4月、楊芷は中書監華廙と中書令何劭に命じ、楊駿を太尉・太子太傅・都督中外諸軍事・侍中・録尚書事に任じるという内容の遺詔を作成させました。詔が完成すると楊芷は司馬炎に渡しましたが、司馬炎は昏睡状態に陥っており、何も答えることができませんでした。司馬炎はそのまま崩御し、太子の司馬衷（恵帝）が後を継ぎ、楊芷は皇太后に立てられました。

永平元年（291年）1月、賈南風は楊駿の権勢を妬み、宦官の董猛・孟観・李肇と共に楊氏一派の誅殺を計画しました。3月、賈南風は楚王司馬瑋と結託して政変を起こすと、異変を察知した楊芷は「太傅（楊駿）に協力した者には恩賞を与える」という内容を帛に書き、城外へ射ました。賈南風はそれを知ると「皇太后も楊駿に協力して謀反した」と宣言しました。その結果、楊駿は殺害され、その三族や側近は全て処刑されました。

楊芷は賈南風の命により永寧宮に監禁され、母の高都君龐夫人は死刑を免除されて楊芷と共に監禁されました。その後、賈南風は楊芷を弾劾し、楊芷は庶人に落とされて金墉城に幽閉され、龐夫人も処刑されることとなりました。龐夫人の処刑が執行される際、楊芷は母に抱きついて号泣し、自ら妾と称して髪を切り叩頭し、賈南風に助命を嘆願しましたが、賈南風は無視して刑を執行させました。

元康2年（292年）1月、仕えていた者たちを賈南風によって追放され、楊芷は食を絶たれて8日後に餓死しました。

永嘉元年（307年）、司馬熾（懐帝）が即位した後、養母であった楊芷は皇后の位を回復され、「悼」の諡を贈られ、夫の諡と合わせて武悼皇后と称されました。

男子
司馬恢（勃海王、283年 - 284年）

伝記資料
『晋書』列伝 后妃上

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