榎本重治

榎本重治は、明治23年（1890年）1月16日に生を受け、昭和54年（1979年）11月30日にその生涯を閉じた、大日本帝国海軍において高等文官、特に海軍書記官として重要な役割を担った人物です。

彼の学歴は、東京府立第三中学校、第二高等学校を経て、東京帝国大学法科大学英法科にて法律を修めました。大学卒業前の大正2年（1913年）には既に高等文官試験行政科に合格しており、翌大正3年（1914年）に東京帝大を卒業しています。

大学卒業後、一時鉄道院書記を務めたのち、大正4年（1915年）10月に大日本帝国海軍へ転じ、海軍書記官（当時の呼称は海軍省参事官）として任官しました。高等官七等（奏任官、中尉相当に相当）として、海軍における高等文官としてのキャリアをスタートさせたのです。

海軍に入ってから終戦に至るまで、榎本の職務は一貫して海軍省大臣官房での勤務であり、その中心は法令や条約の審査でした。国際法に関する深い知見を活かし、海軍における法の専門家として重要な役割を担ったのです。大正4年の任官から昭和20年（1945年）の帝国海軍消滅までの約30年間、榎本は一貫して海軍省大臣官房に勤務し続けました。この間、国際法の専門家として、海軍の政策決定や運営において欠かせない存在として重んじられたのです。

彼の官等昇進には特筆すべき点があります。当初、海軍書記官の官等は高等官七等から三等（大佐相当）までと定められていましたが、榎本は海軍教授を兼任することで、海軍教授に許されていた高等官二等（少将相当）への道を開きました。さらに、三年以上の高等官二等在職と顕著な功績によって、特例的に高等官一等へと昇叙されました。これは勅任官であり、海軍高等文官の最高位として、各省の次官や陸海軍の中将に相当する極めて高い地位でした。彼の経歴を見ると、海軍教授として一級俸を賜ったり、海軍大学校教官を兼ねたりといった記録が残されています。最終的な官報上の最終官職は海軍教授とされています。

彼が長年勤務した海軍省庁舎（現在の東京・霞が関、中央合同庁舎第5号館の一部にあたる）の二階に位置する大臣官房では、中庭に面して大臣室、榎本の執務室であった書記官室、次官室、そして副官室が並び、部屋間を直接行き来できる構造になっていたといいます。

私生活においても、彼は特定の人物との深い交流を持ったことが知られています。特に、海軍中将の堀悌吉（兵32期）に対しては、その生涯にわたって公私ともに兄事し、強い尊敬の念を抱いていました。また、山本五十六元帥海軍大将、古賀峯一元帥海軍大将、井上成美海軍大将といった、後の海軍を率いることになる多くの提督たちとも深い信頼関係を築いていたことが知られています。

帝国海軍の解体後も、榎本は法律家としての知見を活かし続けました。海上自衛隊の国際法顧問として、新たな日本の海上防衛組織を法的に支える役割も担っています。

晩年の姿は、戦史研究家の森史朗氏の証言によって伝えられています。87歳頃、東京・渋谷区神山町の自邸でインタビューに応じた榎本は、戦前に建てられた天井の高い洋館に住み、痩せながらも背が高く、極めて矍鑠とした印象を与えたといいます。その頭脳は全く衰えておらず、山本五十六や堀悌吉ら、在りし日の海軍人との思い出を鮮明に語ったとのことです。

長年の功績に対し、従七位から正六位に至る位階、勲六等、勲五等瑞宝章、そして最高位である勲一等瑞宝章など、数多くの栄典が授与されています。

榎本重治は1979年（昭和54年）11月30日、満89歳でその生涯に幕を下ろしました。

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