堀悌吉

堀悌吉：早過ぎた英才、海軍を去り実業界へ

堀悌吉（ほり ていきち）は、1883年（明治16年）に大分県で生まれ、1959年（昭和34年）に没した日本の海軍軍人、そして実業家です。海軍では最終階級は海軍中将。退役後は日本飛行機株式会社や浦賀船渠株式会社（現在の住友重機械工業株式会社）で社長を務めました。

天才と呼ばれた男

海軍兵学校では同期の秀才たちから「神様の傑作」と称されるほどの才能を持っていました。特に記憶力と処理能力に優れ、海軍内部でも将来を嘱望される存在でした。山本権兵衛、加藤友三郎の流れを継ぐ人物として、海軍大臣への就任も確実視されていたほどです。

しかし、ロンドン海軍軍縮会議後、条約派と見なされたことがきっかけで、艦隊派からの激しい攻撃を受けます。51歳という若さで予備役に編入されることになり、その才能を十分に発揮することなく軍歴を終えることとなりました。

先進的過ぎた戦争観

堀は第一次世界大戦をフランス駐在武官として目の当たりにし、独自の戦争観を形成しました。戦争を「文明の衝突」と捉え、その悲惨さを深く認識。「戦争自体が悪である」という考えを持っていました。しかし、当時の海軍においては、堀の考えは「危険思想」と見なされ、警戒される一因となりました。

ワシントン・ロンドン海軍軍縮会議

ワシントン海軍軍縮会議では、全権大使であった加藤友三郎を補佐。個々の艦艇の性能や艦齢を考慮した軍縮案を主張しましたが、採用には至りませんでした。ロンドン海軍軍縮会議では、軍務局長として条約締結に尽力。しかし、このことが艦隊派との対立を深めることになります。

失脚とその後

艦隊派の台頭により、堀は海軍内で孤立を深めます。第一次上海事変での行動を批判され、事実無根の誹謗中傷を受けるなど、精神的に追い詰められました。そして、1934年（昭和9年）に予備役編入となり、海軍を去ることとなりました。盟友であった山本五十六は、この人事を嘆いたと言われています。

実業家としての活躍

海軍を退いた後、堀は実業界に転身。日本飛行機株式会社の社長として経営再建に手腕を発揮し、その後、浦賀船渠株式会社の社長に就任しました。海軍時代に培った能力を活かし、両社の業績向上に大きく貢献しました。

戦後と晩年

戦後は浦賀船渠の社長を辞任し、公職追放指定を受けましたが、解除後は交詢社での交流を楽しみました。1959年（昭和34年）に75歳で没しましたが、その生涯は、才能に恵まれながらも時代の波に翻弄された人物として、今もなお語り継がれています。

堀の遺品は、大分県立先哲史料館や杵築十王教育文化会館に収蔵・展示されており、その足跡を辿ることができます。

人物像

頭脳明晰: 海軍兵学校の同期生が「神様の傑作の一つ堀の頭脳」 と評したほど。
温厚篤実: 才を鼻にかけず、誰に対しても分け隔てなく接する人柄。
国際感覚: フランス駐在経験から、国際情勢に精通。

エピソード

山本五十六の盟友であり、互いに尊敬しあっていた。
海軍大学校時代に独自の戦争観を表明し、周囲から警戒された。
ロンドン海軍軍縮会議では、条約締結に尽力した。

参考文献

宮野澄『不遇の提督 堀悌吉：山本五十六、井上成美が尊敬した海軍の逸材の生涯』光人社、1990年
渡辺滋「昭和初年における海軍条約派の退潮：堀悌吉中将の失脚過程を中心として」山口県立大学学術情報 (12), 25-40, 2019-03-29

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