権利の請願

権利の請願：国王の専制政治と法の支配の確立

1628年、イングランド議会は国王チャールズ1世に対し、権利の請願（Petition of Right）を提出しました。これは、国王が議会の同意なく課税やその他の行為を行うことを禁じるもので、マグナ・カルタ、権利の章典と並んで、イギリス憲法を構成する重要な基本法の一つとして位置づけられています。本稿では、権利の請願成立までの経緯、その内容、そして歴史的意義について詳述します。

テューダー朝後期からステュアート朝初期のイングランド：国王大権と議会との緊張

イングランドではテューダー朝時代、国王の行政権と大権は着実に強化されました。しかし、その裏側には増大する財政支出があり、議会との間には常に緊張関係が存在しました。エリザベス1世は宮廷経費の抑制によって、国王大権を損なうことなく議会との妥協点を模索していました。

しかし、エリザベス1世の死後、スコットランド王ジェームズ1世がイングランド王位を継承すると状況は一変します。イングランドとスコットランドの制度的差異から、ジェームズ1世はイングランドの法慣習を無視する行為を繰り返しました。さらに、既婚者であったジェームズ1世の宮廷経費は急激に増加し、財政問題は深刻化します。1610年には「大契約」と呼ばれる妥協案が提示されましたが、失敗に終わり、国王と議会の対立は深まりました。

チャールズ1世と財政破綻：強制徴税と議会との対立

ジェームズ1世の死後、王位を継承したチャールズ1世は、スペインやフランスとの無謀な戦争に敗北し、財政は破綻寸前に陥りました。チャールズ1世は議会を招集し、臨時の増税を要求しましたが、議会は戦争責任を追及する姿勢を示し、対立は激化しました。チャールズ1世は議会を解散し、国王大権を背景に強制公債、献上金、関税引き上げなどを強行し、軍人・兵士の民家への強制宿泊や軍事裁判による一般市民の裁判も行われました。

権利の請願：11条からの国民の権利の主張

1628年3月、強制公債を拒否して投獄された議員を含む議会が再開されました。議員たちは、国王の責任追及と国民の自由と権利の再確認を求める動きを強めます。元庶民院議長エドワード・コークの助言により、法案ではなく「請願」という穏便な方法が選択されました。

権利の請願は全11条からなり、大憲章以来のイングランドの法制史を踏まえ、近年の国王の行為が伝統的なイングランド法に違反していると主張しています。主な内容は、以下の通りです。

議会の同意なしに、金銭的負担を強要されないこと。
理由を示されずに逮捕・投獄されないこと。
住民が軍人・兵士の住居への宿泊を強制されないこと。
平時における軍法による一般人の裁判を撤回すること。

この請願は、イングランド国民に保障されていた権利の再確認を目的としていました。権利と自由は私有財産と同様に国民に相続されるものであるという主張は、後世に大きな影響を与えました。

権利の請願と法の支配：コークとバークの影響

権利の請願は、国王大権が議会法に制約されることを明確にし、国民は不当な権利侵害から守られることを示しました。「法の支配」の概念はコークによって明確化され、18世紀にはエドマンド・バークによって保守主義の哲学として理論化されます。

チャールズ1世は当初、権利の請願を拒絶しようとしたものの、貴族院の支持やバッキンガム公への批判の高まりを受け、やむを得ず承認しました。しかし、バッキンガム公暗殺後、チャールズ1世は態度を硬化させ、1629年には権利の請願を事実上廃止し、議会を解散しました。

権利の請願と清教徒革命

チャールズ1世による親政は、国民への更なる重税と社会不安をもたらし、13年後には清教徒革命（イングランド内戦）へと発展することになります。権利の請願は、国王と議会、そして国民の自由と権利をめぐる闘争の重要な節目であり、イギリスにおける法の支配確立への重要な一歩となりました。

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