樺正董

樺 正董

樺 正董（かば せいとう、かば まさしげ）は、文久3年（1863年）7月22日に生まれ、大正14年（1925年）12月27日に没した日本の数学教育者、数学者です。彼は日本の数学教育の近代化において、先駆的な役割を果たしました。

鳥取市定府内町で、織物業と紺屋を営む樺藤六・とめの長男として誕生しました。家庭は裕福ではなかったようで、13歳で勉学の機会を求めて単身大阪へ向かいました。しかし、旅立つ際にほとんど金銭を持っていなかったため、大阪に到着した時には所持金が尽きていました。そのため、彼はやむなくある家に奉公することになりました。そこでは主人の使い走りや、時には子守なども命じられましたが、正董はこれらの仕事を進んでこなしつつ、機会を見つけては書物を読み、独学に励んでいました。この少年時代の苦労が、後の彼の誠実で質素な人柄を形作ったと言えるでしょう。

その後、東京で輸出入業を営んでいた伯父の平井太郎を頼り、上京しました。東京物理学校に籍を置き、明治14年（1881年）11月から約4ヶ月間、数学者である酒井忠量のもとで数学を学びました。明治15年（1882年）4月には、埼玉県不動岡中学校の教員となり、教育者としての第一歩を踏み出しました。間もなく、富山師範学校へ転任しました。

明治18年（1885年）7月、更なる学問を修めるため、東京帝国大学理学科に入学しました。ここでは天文学者の寺尾寿に師事し、一年間にわたり天文学を学びました。しかし、数学は主に独学で探求し、さらに英語、フランス語、ドイツ語などの外国語学習にも熱心に取り組みました。広範な分野を学び、文部省より美術、代数、幾何、三角法、重学（物理学）、天文学の六科目の教員免許状を取得しました。これにより、彼は長年にわたり、日本各地の中等学校や大学で数学教師として教壇に立つことになります。

数学教育の進歩を追求するため、明治40年（1907年）には欧米各国を視察しました。現地の数学教育事情を調査・研究し、帰国後、朝鮮総督府に招かれて約2年間、朝鮮で使用される数学教科書の編纂に従事しました。彼が教鞭を執った学校は多岐にわたり、不動岡中学校や富山県師範学校のほか、岐阜県中学校、新潟県中学校、中央幼年学校、私立成城学校、麻布中学校、日本女子大学、そして慶應義塾大学など、十を超える教育機関で教鞭を執りました。特に慶應義塾大学では長らく教授を務めました。

樺正董は、日本数学界の大家として知られ、陸軍大学や女子大学などでも教えを説きました。彼の最大の功績の一つは、中等学校向けの代数学教科書です。この教科書は数十万冊を超える発行部数を記録し、同種の教科書の中で最も広く普及しました。これは、彼の教育者としての手腕と、教科書の内容が当時の教育現場に即しており、多くの教師や生徒に支持されたことを示しています。

人柄については、『因伯立志人物』に詳しい記述があります。それによると、正董は極めて真面目な性格で、言行一致を重んじました。一度決めたことは必ず守り通し、他人の方が忘れていても自分は決して忘れない、という徹底した姿勢を持っていたと記されています。苦学の経験から、その生活は非常に質素でした。表付きの下駄や木綿以外の兵児帯は決して用いない、といった自分なりの規律を定め、一家を持つまでそれを守り続けたと言われています。また、彼は仏教に対しても深い信仰心を持っていました。

家族構成としては、父藤六、母とめの間に生まれ、弟に判事となった亀蔵や駅長となった良平がいました。妹のひでは池内家に嫁ぎ、池内綿糸店の社長となった池内新蔵は彼女の息子です。新蔵は、母ひでが理数に長け、商売の基礎を築いたと語っています。もう一人の妹、貞は官吏の植田重蔵に嫁ぎました。正董自身の家族としては、妻ミツ（大森豊介の長女）との間に長男の剛、娘の八重がいました。長男の剛は会社役員として活躍し、娘の八重は東京毛織の重役である塚口慶三郎に嫁ぎました。孫には社会学者の樺俊雄がおり、さらにその娘にあたる曾孫が、1960年の安保闘争時に東京大学の学生として亡くなった樺美智子です。

樺正董は、糖尿病を患い、享年64歳（数え年と思われる）でその生涯を終えました。彼の遺骨は、大正15年（1926年）4月9日に鳥取市の観音院で納骨されました。この納骨式には、旧知の友人や関係者、そして生徒総代らが多数参列し、故人の偉業を偲びました。因伯時報の記事は、彼が日本数学の大家であり、教育者として多大な貢献をしたことを改めて伝えています。

樺正董は、自らの努力で道を切り開き、日本の数学教育の発展に尽くした人物でした。彼の質素で誠実な生き方と、教育者としての情熱は、多くの人々に影響を与えました。

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