櫛橋光

櫛橋 光（くしはし てる／みつ）は、戦国時代から江戸時代初期にかけて生きた女性です。彼女は播磨国（現在の兵庫県）の志方城主、櫛橋伊定の娘としてこの世に生まれました。小寺政職の従姪であり、その養女でもあったと伝えられています。そして何よりも、後の筑前福岡藩の始祖となる黒田孝高、通称官兵衛または如水の正室として歴史に名を残しています。名前の読み方については、長らく「てる」が一般的でしたが、平成25年（2013年）に「みつ」とルビが振られた古文書が発見され、両方の読み方が紹介されるようになりました。

光は天文22年（1553年）、志方城主・櫛橋伊定の子として誕生しました。彼女には兄の政伊、則政、姉の妙寿尼、妹の井上之房室といった兄弟姉妹がいました。永禄10年（1567年）、彼女は小寺家の家臣であった黒田孝高のもとに嫁ぎました。夫・孝高との間には、永禄11年（1568年）に長男の長政を、そして天正10年（1582年）に次男の熊之助をもうけています。長政の誕生後、しばらく子供が恵まれませんでしたが、夫の孝高は側室を持つことなく、光を深く愛し敬ったとされています。戦国時代にあって、稀に見る一夫一妻を通した夫婦であったことは特筆されます。

夫・孝高は、主君である小寺政職に対して、当時勢力を拡大していた織田信長への臣従を進言するなど、その非凡な才覚を示していました。しかし、天正6年（1578年）3月、播磨の別所長治が信長に反旗を翻すと、光の生家である志方城主の兄・櫛橋政伊もこれに同調し、織田方と敵対する道を選びます。同年7月、志方城は織田信雄率いる軍勢に包囲され、激しい攻防戦の末、8月に櫛橋氏は降伏に至りました。この降伏の際、城主は人質を差し出し、兵士たちの助命を条件に自害したとされていますが、自害した人物が父・伊定なのか兄・政伊なのか、あるいは他の誰かなのかについては諸説あり、正確なところは分かっていません。しかし、兄の子は後に許され、黒田家に仕えることになります。

同じ天正6年（1578年）、夫・孝高は織田信長の命を受け、謀反を起こした荒木村重を説得するため有岡城に入りますが、逆に捕らえられ、一年近くもの間幽閉されるという最大の危機に直面します。この時、夫が敵に寝返ったのではないかと疑った信長は、人質としていた孝高の嫡男・長政（幼名：松寿丸）の処刑を命じます。しかし、秀吉の軍師として知られる竹中半兵衛重治のはからいにより、長政は密かに匿われ、間一髪で命拾いをしました。

夫・孝高は秀吉の腹心として類まれな才能を発揮し、やがて豊前国中津に12万石を与えられ大名となります。光は、他の大名家の妻子と同様に大坂に住まいを移し、夫の活動を支えました。しかし、慶長2年（1597年）、次男の熊之助は、文禄・慶長の役で朝鮮に滞在していた父や兄を見舞うため海を渡ろうとした途中、暴風雨により船が沈没し、わずか16歳で非業の死を遂げるという悲劇に見舞われます。

慶長5年（1600年）、天下分け目の関ヶ原の戦いが勃発すると、西軍を率いる石田三成は大坂にいる各大名の妻子を人質にしようと企てます。細川忠興の妻である細川ガラシャがこれを拒んで自害したことで、大坂城内の監視がやや緩んだ隙に、光や長政の妻・栄姫は、栗山利安、母里友信、宮崎重昌といった黒田家の忠実な家臣たちの命がけの働きによって救出され、無事、夫の居城である中津城へと船で逃れることができました。

夫・孝高や息子の長政はキリスト教の洗礼を受けていましたが、光自身は熱心な浄土宗の信徒であり続けました。慶長9年（1604年）に夫・孝高が波乱の生涯を終えると、光は出家して照福院と号し、夫の菩提を弔うため福岡に照福山顕光院圓應寺（後に火災で焼失）を建立するなど、信仰に篤く生きました。また、京都の報土寺にも塔頭として照福院を建立しており、夫の孝高や豊臣秀吉もこの寺を訪れた記録が過去帳に残っています（現在の報土寺に移転・統合され、塔頭は残っていませんが、墓所は今もそこにあります）。

光は、その優れた才能と人徳を兼ね備えていたことから、黒田家において「才徳兼備」と称えられた人物でした。その姿を描いた肖像画は現代に伝えられ、京都国立博物館に寄託されています。雅号として「幸圓（こうえん）」を用いており、夫・孝高が太宰府天満宮に奉納した連歌集の中にその名が見られることから、光が詠んだものであると考えられています（「幸園」と記される例もありますが、誤記とされています）。

寛永4年（1627年）、光は筑前国福岡にて、享年75でその波乱に満ちた生涯を閉じました。戒名は照福院殿然誉浩栄大尼公。その墓所は、京都の報土寺のほか、福岡の崇福寺、そして自身が建立に関わった圓應寺にあります。

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