正徳の治

正徳の治：新井白石による復古的文治政治

正徳の治（しょうとくのち）は、1709年から1716年の間、江戸幕府において、6代将軍徳川家宣、7代将軍徳川家継のもとで、儒学者新井白石が主導した復古主義的な文治政治です。この改革は、5代将軍徳川綱吉の政治を立て直すという名目の下、貨幣の質を向上させ、貿易を制限しましたが、結果として景気と財政を悪化させることになりました。

正徳金銀の発行と荻原重秀の罷免

家宣が将軍に就任すると、綱吉政権で権勢を誇った柳沢吉保は失脚し、側近も交代しました。しかし、勘定奉行には荻原重秀が留任しました。荻原は元禄期に貨幣の改鋳を行い、金銀の含有率を下げた元禄金銀を発行、さらに家宣の時代にも独断で宝永金銀を発行し、幕府財政の欠損を補いました。これにより約500万～580万両の差益が生じたものの、インフレを招きました。

新井白石は、荻原の政策を「有史以来の奸物」と断じ、荻原の罷免を要求。再三の要求の末、家宣は1712年に荻原を罷免しました。その後、荻原は罪に問われますが、その取り調べは異例なもので、白石の政治的陰謀とする説もあります。白石は、荻原の貨幣政策を否定し、貨幣の含有率を元に戻すことを主張しました。これにより発行されたのが正徳金銀です。しかし、この政策は経済の実勢にそぐわず、デフレを引き起こしました。元禄・宝永金銀と比較して、正徳の治の間に行われた改鋳量はごくわずかであり、社会全体のGDPが上昇する中で、通貨供給量が減少しました。

後年、8代将軍徳川吉宗は、白石の良貨政策を一部引き継ぎ、正徳金銀の通用をさらに強化しました。1723年には元禄・宝永金銀の通用を停止し、享保の改革による緊縮財政と相まって、本格的なデフレ不況を招きました。

貨幣流通高の推移

元禄金銀・宝永金銀は、改鋳の度に旧金銀を回収して新金銀を発行するため、市場に同時に全ての鋳造分が流通していたわけではありません。幕府の損失を伴う良貨への改鋳は進まず、正徳年間も元禄・宝永金銀が混在して流通しました。

明治新政府の調査によると、金の流通量は正徳金鋳造開始直前の1714年と正徳・享保金鋳造終了時の1736年で変動が見られます。銀の流通量については、様々な推定があり、正確な数値は不明です。住友家の史料によると、荻原重秀が罷免された1712年の時点と、吉宗が元禄・宝永金銀の通用を停止する前の1721年の時点での銀の世上在高が推定されていますが、輸出高は考慮されていません。

対琉球政策

白石は、琉球王国にも関心を寄せました。1711年には、琉球の王子と会見し、琉球の国書に用いられる文字を問題視しました。最終的に、琉球の実質的な支配者である薩摩[[藩]]に任せることになり、大きな問題には至りませんでした。

海舶互市新例

長崎貿易における金銀の海外流出を問題視した白石は、長崎奉行の意見を参考に、海舶互市新例を制定しました。これは、輸入規制と国産化推進を目的としたもので、異国船の数と貿易額を制限しました。具体的には、清国船は年間30艘、貿易額は銀6000貫、オランダ船は年間2隻、貿易額は3000貫に制限しました。また、輸入品の国産化を奨励し、農民には米穀栽培を優先させる政策を打ち出しました。しかし、この政策は綱吉時代の貿易統制の踏襲であり、白石の儒教的な抑商思想に基づくものでした。

勘定吟味役の再設

白石は、荻原の汚職や専横を目の当たりにし、荻原が廃止した勘定吟味役を再設。勘定所の綱紀粛正を図りました。

朝鮮通信使待遇改訂

白石は、日朝関係の簡素化と対等な関係を目指し、朝鮮通信使の待遇を見直しました。通信使一行の人数を減らし、将軍の呼称を「日本国大君」から「日本国王」に変更しました。これにより、経費を削減し、対等な外交関係を築こうとしました。しかし、朝鮮側からは誤解や抗議も生じました。

閑院宮家の創設

白石は、皇室の血統が絶えることを懸念し、閑院宮家を創設しました。この宮家は、後に皇統を継承することになり、皇室の存続に大きく貢献しました。

武家諸法度改定（「宝永令」）

白石は、武家諸法度を改定し、「宝永令」を起草しました。この法令は、日本文で書かれ、文治政治の理念が明瞭に表れています。宝永令は7年ほどしか効力を持たなかったものの、武家諸法度として最も整備されたものと評価されています。

生類憐れみの令の廃止

綱吉が制定した生類憐れみの令は、家宣の即位後すぐに廃止されました。これにより、多くの人が罪を解かれ、綱吉の時代から続いた過酷な政策は終わりを告げました。

改革の評価

徳川吉宗は、白石の政策を多く廃止しましたが、海舶互市新例や良貨政策は存続させました。吉宗は、白石の政策を単純に否定したのではなく、正しいと判断したものは引き継いだのです。吉宗による白石の著書の破棄は、学問的弾圧と捉える説もあります。

正徳の治は、新井白石の復古主義的な政策によって、一時的に社会に大きな影響を与えましたが、その後の歴史において様々な評価がなされています。

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