死絵

死絵（しにえ）とは

死絵とは、主に歌舞伎役者が亡くなった際に、その追善供養として制作・版行された浮世絵のことです。役者の似顔絵とともに、命日、戒名、墓所、生前の業績、辞世、追善の歌句などが記されているのが特徴です。幕末から明治時代にかけて盛んに制作され、美術史、歌舞伎研究だけでなく、民俗学や宗教学の観点からも貴重な資料とされています。

概要

現存する最古の死絵は、安永6年（1777年）に亡くなった二代目市川八百蔵のものとされています。初期には細絵や間錦なども存在しますが、多くは大判の錦絵で、一枚物として制作されるのが一般的でした。絵柄としては、シキミや数珠を持った姿、舞台での当たり役を描いたものなどがあり、戒名や行年などが書き添えられています。また、辞世の句や追善の言葉が書き込まれることもありました。

文政年間以降から明治初期にかけて、死絵は大量に出版されました。特に、嘉永7年（1854年）に自殺した八代目市川團十郎の死絵は、200種類以上も出版されたと言われています。構図も多様化していきましたが、中には漫画風のものや、蓮台座という芝居の場面をふざけて描いたような図柄も見られました。

販売競争も激しく、少しでも早く版行するために版木を流用したり、戒名や死去月日、行年などを十分に調べないまま、いい加減なものが作られることもありました。このような乱作期の死絵には、画家の記名がないのが普通です。

死絵に描かれたのは歌舞伎役者が多いですが、義太夫の大夫や戯作者、歌舞伎に関係する浮世絵師の死絵も存在します。歌川豊春、歌川豊国、三代目歌川豊国、歌川国芳、歌川広重、月岡芳年といった著名な浮世絵師の死絵は、ほとんどが門弟によって描かれており、資料的価値も高いとされています。明治中期まで盛んに制作されましたが、その後は絵葉書やブロマイドが流行し、昭和10年（1935年）の初代中村鴈治郎の死絵を最後に、その流れは廃れていきました。

特徴

単に生前の役柄に没年月日、戒名、菩提寺などを書き加えただけの死絵もありますが、多くは死を象徴するために様々な工夫が凝らされています。まず特徴的なのは、水裃（みずかみしも）と呼ばれる浅葱（水色）の裃姿です。初期には白裃も見られましたが、次第に水裃が増え、裃でなくとも小袖や衣、裾などに水浅葱色を用いて死を暗示する表現が用いられるようになりました。また、樒（しきみ）や蓮華、数珠、水向け、白木位牌などの小物が頻繁に登場します。

出家姿で描かれることもあり、特に女形は裃よりも袈裟を着けた出家姿をとることが多いです。他にも、故人を釈迦に見立てて涅槃図の形式を取ったり、死出の旅路を表すために旅姿で描かれることもあります。小袖の模様に「南無阿弥陀仏」の文字を散らしたり、阿弥陀如来の種字が描かれるなど、葬儀や仏事に関する衣装が用いられることもあります。

舞台で夫婦役を演じた役者が相次いで亡くなった場合、二人を合わせて一枚の絵に描くこともありました。文化9年の四代目沢村宗十郎と四代目瀬川路考の死絵がその最初であると言われています。女形は女性の姿で描かれるため、四代目尾上菊五郎夫妻の死絵ではどちらが夫か分かりにくいという特徴があります。ただし、俳優の夫妻を描いた死絵は、舞台上の夫婦役とは異なり、他にほとんど例がありません。

作品例

五代目瀬川菊之丞：歌川国芳 画
歌川国芳：歌川芳富 画

参考文献

『国立歴史民俗博物館資料図録7 死絵』 国立歴史民俗博物館、2010年

関連項目

浮世絵
* 歌舞伎

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