水久保澄子

水久保 澄子

水久保 澄子（みずくぼ すみこ）は、大正5年（1916年）10月10日に東京府荏原郡目黒村（現在の東京都目黒区）で荻野 辰子（おぎの たつこ）として生まれました。愛称はミミ。日本の女優として、昭和初期の映画界で輝きを放ちましたが、そのキャリアは波乱に満ちたものでした。

家庭の事情から洗足高等女学校を中途退学した後、水久保は昭和5年（1930年）7月に東京松竹楽劇部（後の松竹歌劇団）へ第6期生として入団しました。同期には、後に女優として名を馳せる逢初夢子らがいました。楽劇部では優秀新人グループ「ジェルモン・シスターズ」の一員としてレヴューの舞台で活躍しますが、わずか2年後の昭和7年（1932年）4月、映画の世界への強い希望を胸に、松竹蒲田撮影所へ籍を移します。

映画界に入って間もなく、成瀬巳喜男監督の作品『蝕める春』（1932年）に出演。逢初夢子と共に注目を集め、続く島津保次郎監督の『嵐の中の処女』（1932年）で一躍アイドル的人気を獲得しました。その後も、成瀬監督の『チョコレート・ガール』（1932年）や『君と別れて』（1933年）などで立て続けに主演を務め、その地位を確立しました。また、小津安二郎監督の傑作『非常線の女』（1933年）では、主演の田中絹代に引けを取らない鮮烈な印象を残しています。

当時の水久保は、非常に都会的でモダンな顔立ちをしており、「和製のシルヴィア・シドニー」と称され、アイドル女優という概念の先駆けとも言える存在でした。マキノ正博や片岡千恵蔵といった映画人も彼女のファンだったと言われています。

しかし、そのキャリアは予期せぬ方向へ進みます。昭和9年（1934年）3月に松竹下加茂撮影所へ移り、時代劇『月形半平太』に出演しますが、突如自殺未遂事件を引き起こしてしまいます。この事件は大きなスキャンダルとなり、マスコミによって大々的に報じられました。事件からわずか3ヶ月後の同年6月、水久保はダンサーだった姉の田川清子と共に、電撃的に日活多摩川撮影所へと移籍します。

スキャンダルにも屈せず、日活では阿部豊監督の『若夫婦試験別居』（1934年）で主演するなど、ハイペースで映画に出演を続けました。しかし、昭和10年（1935年）9月、再び衝撃的な出来事が起こります。映画『緑の地平線』の撮影中に、フィリピンからの留学生を名乗る男性と突然結婚し、作品を途中で降板してフィリピンへ渡航してしまうのです。これに激怒した日活は水久保を解雇し、代役を立てました。結婚相手は南洋の王子様のように語っていましたが、実際には貧しい境遇であり、水久保は婚家で差別的な扱いを受けたと言われています。騙されたことに気づいた水久保は、一年も経たずに日本へ逃げ帰りましたが、この時、フィリピンに一人の子供を残してきたと伝えられています。

度重なるトラブルを引き起こした水久保を、映画界はもはや受け入れませんでした。彼女は業界から完全に追放され、その後は各地のダンスホールで踊り子として活動したり、吉本興業のショーに出演するなどして生計を立てていたようです。そして、昭和16年（1941年）、神戸での舞台出演を最後に、水久保澄子の消息は途絶えてしまいました。

その後、彼女の消息については様々な情報が錯綜しています。映画評論家の筈見恒夫は、戦時中に満州で妖艶な姿に変貌した彼女を見かけたと語っています。また、堀田善衛の上海日記（2008年出版）にも彼女について触れられている箇所があるようです。戦後日本へ帰国したものの、フィリピンに残してきた子供が母親を探しに来日した際には、名乗り出なかったという話も伝わっています。さらに、昭和43年（1968年）の週刊誌には、東京・目黒で「ひっそりと暮らしているそう」という短い記事が掲載されたこともありました。

人気絶頂期には輝かしい活躍を見せながらも、私生活の波乱により表舞台から姿を消した水久保澄子。その短い女優人生と消息不明となった晩年は、昭和初期の映画界における伝説の一つとなっています。

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