水軒駅

かつて南海和歌山港線の終着駅だった水軒駅

水軒駅（すいけんえき）は、かつて和歌山県和歌山市西浜にあった南海電気鉄道和歌山港線の駅です。和歌山港駅から先の終点として機能していましたが、2002年（平成14年）5月26日にこの区間が廃止されたことに伴い、駅としての営業を終了しました。

開業の背景と特異な運行

この駅は、元々和歌山県が木材輸送を目的として建設した和歌山港線の終端として設けられました。1967年（昭和42年）に和歌山下津港の和歌山本港区南側に水面貯木場が完成したことを受け、それに接続する形で1971年（昭和46年）3月6日に南海電気鉄道の駅として開業しました。しかし、開業した時点で既に木材輸送の主役はトラックなどの貨物自動車に移っており、皮肉なことに、木材を運ぶ貨物列車がこの駅に乗り入れることは、2002年の廃止に至るまで一度もありませんでした。さらに、2000年（平成12年）には水面貯木場自体が埋め立てられ、陸上貯木場へとその姿を変えています。

旅客輸送についても、非常に限られた役割しか担いませんでした。和歌山市駅からは、関西国際空港や難波駅と直通する特急・急行を含め、和歌山港駅までは多くの列車が運転されていましたが、水軒駅まで運行される列車は開業当初から廃止まで一貫して、和歌山市駅発着の普通列車が一日わずか2往復という極めて少ない本数でした。2001年当時でさえ、運行は平休日問わず朝の9時台と昼の15時台のみでした。この特異な状況を示すように、南海の各駅に設置されていた運賃表には、水軒駅の脇に「水軒行きは一日2列車です係員におたずねください」という異例の注意書きが掲げられていました。

駅構造と周辺環境

営業を終える直前の水軒駅は、非常にシンプルな構造でした。ホームは1面1線のみを持つ無人駅で、本格的な駅舎は存在せず、唯一の建物といえばトイレ設備もない小さな小屋だけでした。当初の木材輸送という計画に基づいて、構内には荷役作業のための側線が設けられていましたが、この側線が本来の目的で使われることはありませんでした。しかし、この側線は後に思いがけない形で活用されます。それは、当時南海貴志川線（現在の和歌山電鐵貴志川線）で最後の活躍をしていた旧型車両、1201形が廃車解体される際に使用されたのです。

駅周辺は、西側には和歌山南港が広がる臨海エリアが位置し、和歌山港駅方面に向かうと貯木場や和歌山市中央卸売市場などが見られました。一方、駅の東側には、県指定の史跡である水軒堤防（紀州堤）が和歌山港方面へ約1.6キロメートルにわたって延びており、線路はこの堤防に沿って敷設されていました。この東側一帯には田畑や住宅地が広がっていましたが、和歌山市の中心駅である和歌山市駅へ向かうには、並行して運行されていた和歌山バスの方が本数が多く利便性が高かったため、地域住民は鉄道よりもバスを利用することが多かったようです。また、駅裏手には、紀州徳川家藩主の別邸であった美しい庭園、養翠園があり、その周辺には雑賀崎や和歌浦といった景勝地も点在していました。

廃止までの経緯

水軒駅の1日あたりの平均乗降者数は、開業以来数人程度と非常に少ない状態が続いていました。それでも、南海側としては「思ったほど赤字にならなかった」とされ、必要最低限である一日2往復の運行は続けられました。しかし、和歌山港駅と水軒駅の間にあった踏切の道路幅が狭く、地域住民からその改良を求める声が高まりました。これが、和歌山港駅～水軒駅間の廃止を検討する契機となり、最終的には和歌山県議会の議決を経て、この区間の廃止が決定されました。

廃止に向けて、2002年（平成14年）には様々なイベントが行われました。5月には「さよなら水軒駅」と銘打ったイベントが開催され、4月には南海の特急用車両10000系を使用した臨時特急列車が難波駅から水軒駅まで特別に運行されました。営業最終日となった5月25日には、多数の臨時列車が運転され、最終列車の出発時には乗務員への花束贈呈が行われるなど、多くの鉄道ファンや地域住民に惜しまれつつ、静かにその歴史に幕を下ろしました。

現在の状況

水軒駅の廃止から時が経ち、その跡地にも変化が見られます。和歌山県の史跡である水軒堤防の一部が、駅跡地付近に移設復元され、公開されることとなり、2010年（平成22年）10月には移築工事が完了しています。

かつて線路が敷かれていた区間のうち、高架駅である和歌山港駅から続く高架線は現在も残されていますが、和歌山市中央卸売市場付近までは雑草が生い茂り、線路跡がかすかに確認できる程度です。そこから先の区間は、花王和歌山工場第2西門への出入りのための通路に転用され、さらにその通路より先、水軒駅跡地の手前までは、線路に沿って通っていた道路の拡幅用地として利用されました。このため、駅の敷地跡を除いて、当時の鉄道施設の痕跡はほとんど残っていません。

短い歴史の中で、極めて利用が少ないながらも特異な存在感を放っていた水軒駅は、地域の記憶と景観の一部として今も語り継がれています。

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