江戸開城

江戸開城（えどかいじょう）は、慶応4年（1868年）の3月から4月にかけて、明治新政府軍と旧幕府の間で行われた、江戸城の明け渡しとそれに至る交渉過程を指します。この出来事は、江戸城明け渡し、江戸無血開城、江戸城無血開城などとも呼ばれています。徳川宗家の拠点であった江戸城が、戦火を交えることなく新政府に引き渡されたことは、戊辰戦争において新政府側が優勢となる大きな転機となりました。この開城に至るまでの過程は、多くの小説、演劇、テレビドラマ、映画などで描かれています。

開城までの経緯

戊辰戦争勃発と慶喜追討令

慶応3年（1867年）10月、大政奉還により政権を朝廷に返上した徳川慶喜は、諸侯会議での影響力維持を考えていました。しかし、討幕派の公家や薩摩藩士らの主導により、王政復古の大号令と小御所会議で、慶喜は官職と領土の返上を決定されます。慶喜は大阪城に退きましたが、公議政体派の働きかけにより小御所会議の決定は骨抜きにされ、慶喜も外交権の継続を宣言するなど、巻き返しを図ります。

討幕の密勅が薩摩と長州に下された後、江戸薩摩藩邸では、幕府を助ける商人や浪人、志士の活動を妨げる商人や役人、唐物を扱う商人、金持ちの商人などを攻撃対象とし、浪士を集めて攪乱工作を開始しました。しかし、大政奉還によって討幕の密勅は取り消され、薩摩側も工作中止命令を出しましたが、江戸薩摩藩邸の攘夷派浪人は命令を無視して活動を続けました。その結果、江戸市中警備の庄内藩が薩摩藩邸などを焼き討ちする事件が発生します。

この事件がきっかけで、大阪城内の強硬派が薩摩討伐を主張し、慶喜も主戦論を抑えきれず、「討薩表」を出しました。幕府軍は上京を試みましたが、鳥羽・伏見の戦いで新政府軍に敗北し、朝廷は薩摩・長州藩兵を官軍と認定しました。慶喜は軍を捨てて江戸へ逃走し、新政府は慶喜追討令を発しました。

旧幕府側の主戦論と恭順論

江戸に戻った慶喜は、今後の対策を練りました。徳川家の方針は、徹底恭順か、佐幕派諸藩と提携して抗戦するかの二択でした。勘定奉行の小栗忠順や海軍の榎本武揚らは主戦論を唱えましたが、慶喜は恭順の意思を固めつつありました。小栗は罷免され、徳川家の事実上の最高指揮官となった会計総裁の大久保一翁と陸軍総裁の勝海舟が恭順策を実行に移します。フランス公使ロッシュは慶喜に抗戦を提案しましたが、慶喜は拒否しました。慶喜は隠居と恭順を朝廷に奏上することを告げ、徳川家の公式方針は恭順に確定しました。

新政府側の強硬論と寛典論

新政府側でも、徳川家に対する処分を巡り、強硬論と寛典論が対立していました。薩摩藩の西郷隆盛らは慶喜の切腹を求めましたが、長州藩の木戸孝允らは寛典を想定していました。新政府は東海道など三道から江戸を攻撃すべく軍を進めていましたが、天皇親征の方針が決まると、東征大総督が任命され、江戸城と徳川家の処分に関する全権が与えられました。大総督府の参謀には西郷隆盛らが任命され、江戸城進撃の日取りが決定されましたが、慶喜が恭順の意思を示せば条件付きで受け入れる用意があることも示されました。

徳川家側の動き

旧幕府兵の一部が脱走し、東征軍と戦いましたが敗れました。新選組の近藤勇らも甲州街道を進撃しましたが、東征軍に敗れました。これらの暴発は、勝海舟の暗黙の承認を得て行われたもので、恭順路線に不満を持つ主戦派を江戸から排除する目的もあったとされています。

天璋院・静寛院・輪王寺宮の歎願

徳川家ゆかりの天璋院（近衛敬子）、静寛院宮（和宮）、輪王寺宮公現入道親王は、それぞれ新政府や大総督府に助命と徳川家存続の嘆願を行いました。特に静寛院宮は、大総督府首脳部との縁故を利用して、徳川家存続の内諾を得ましたが、西郷隆盛は取り合いませんでした。これらの嘆願は、下参謀の西郷隆盛らに心理的な影響を与えた可能性があり、多くの創作作品で取り上げられています。

山岡鉄太郎と西郷隆盛の交渉

徳川慶喜の使者として山岡鉄太郎（鉄舟）が、駿府にいた大総督府に赴き、西郷隆盛と会談しました。山岡の真摯な態度に感銘を受けた西郷は、開戦回避に向けた条件を提示しました。山岡は条件のうちの一つを拒否し、西郷は山岡の忠誠心に触れて、その条件を取り消すことを約束しました。この交渉は、江戸城無血開城への大きな転換点となりました。

焦土作戦の準備

勝海舟は、東征軍との交渉が決裂した場合に備えて、江戸城と江戸の町を焼き払い、敵の進軍を防ぐ焦土作戦を準備していました。この作戦は、1812年のモスクワでの作戦を参考に、避難民を救出する計画でした。

勝・西郷会談

山岡の下交渉を受け、勝海舟と西郷隆盛の間で江戸開城交渉が行われました。勝と西郷は旧知の仲であり、西郷は勝と大久保一翁が徳川家の総責任者であることを知ると、交渉で妥結できるだろうと楽観視しました。しかし、実際の交渉は難航し、勝は西郷に対して事実上、降伏条件を拒否する回答を示しました。西郷は、その回答を京都に持ち帰り、検討することを約束しました。この会談で、江戸城の無血明け渡しが決定されました。

パークスの圧力

西郷が徳川家の不利な条件を飲んで進撃を中止した背景には、イギリス公使パークスからの徳川家温存の圧力があったとする説があります。パークスは、恭順を示している徳川慶喜に対して攻撃することは万国公法に反すると主張しました。このパークスの怒りを伝え聞いた西郷が、江戸城攻撃中止の外圧になったという説です。しかし、パークスの発言が実際に西郷に影響を与えたかどうかは不明です。

江戸城明け渡し

西郷の帰京と方針確定

江戸を発った西郷は、朝議で徳川家の条件を検討し、慶喜の水戸謹慎を認め、徳川家は田安亀之助に相続させることなどを決定しました。西郷は、この決定を持って再び江戸へ下りました。

城明け渡しと慶喜の水戸退去

西郷は、勝らとの最終的な条件を詰め、大総督府と徳川宗家との間で最終合意に達しました。東海道先鋒総督らが江戸城に入城し、徳川慶喜の死一等を減じ、水戸での謹慎を許可する勅旨が下されました。慶喜は水戸へ出発し、江戸城は無血開城されました。

榎本艦隊脱走

海軍副総裁の榎本武揚は、徳川家に対する処置に不満を持ち、旧幕府艦隊を率いて品川沖から出港しました。勝の説得で艦隊は一時戻りましたが、榎本は徳川家に対する処分に不服で、東北諸藩の支援に向かいました。榎本らは箱館の五稜郭を占拠し、新政府軍に抵抗しました。

抗戦派と上野戦争

徳川家処分に不満を持つ抗戦派は、江戸近辺で挙兵しましたが、新政府軍に各個撃破されていきました。上野寛永寺に集結した彰義隊は、新政府軍によって鎮圧されました。

静岡藩の成立

徳川宗家は駿府に移封され、静岡藩が成立しましたが、石高が大幅に減らされたため、多くの家臣団を養うことができなくなりました。

江戸城から宮城へ

明治天皇が東京行幸し、江戸城は東京城と改称され、皇居となりました。これにより、首都機能が京都から東京に移転しました。

江戸開城の意義

江戸開城は、人口100万を超える世界最大規模の都市であった江戸を戦火から守ったことが最大の成果でした。この出来事は、日本の支配者が徳川幕府から明治新政府へと移ったことを象徴する出来事であり、国内だけでなく諸外国の立場も新政府側にシフトしていくきっかけとなりました。また、江戸という都市基盤がほぼ無傷で新政府の傘下に接収されたことは、新国家建設において大きなメリットとなりました。

フィクション作品への影響

江戸開城は、多くの小説、漫画、演劇、映画、ドラマなどの題材となっています。特に、勝海舟と西郷隆盛の交渉はドラマチックに描かれることが多いです。これらの作品は、江戸開城の歴史的意義と登場人物の魅力を広く伝えています。

略年表

以下に江戸開城に関連する出来事を時系列で示します。

1867年10月14日：大政奉還
1868年1月3日：鳥羽・伏見の戦い
1868年1月7日：徳川慶喜追討令
1868年2月9日：東征大総督任命
1868年3月9日：山岡鉄舟が西郷隆盛と会談
1868年3月13日・14日：勝海舟と西郷隆盛が会談
1868年4月4日：江戸城明け渡し合意
1868年4月11日：江戸城無血開城
1868年4月21日：東征大総督が江戸城入城

参考文献

萩原延壽『江戸開城遠い崖アーネスト・サトウ日記抄』
佐々木克『戊辰戦争敗者の明治維新』
松浦玲『徳川慶喜将軍家の明治維新』
松浦玲『勝海舟』
岩下哲典『江戸無血開城　本当の功労者は誰か?』
水野靖夫『英国公文書などで読み解く江戸無血開城の新事実』
水野靖夫『勝海舟の罠』
水野靖夫『定説の検証「江戸無血開城」の真実』

コトバンク『江戸開城』

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