治罪法

治罪法（ちざいほう）とは

治罪法は、明治13年（1880年）に太政官布告第37号として公布された、日本の刑事訴訟手続きを定めた法典です。それまで曖昧だった刑事手続きを明確化し、近代的な裁判制度を確立する上で重要な役割を果たしました。明治23年（1890年）に刑事訴訟法が制定されたことで、同年10月31日をもって廃止されました。

治罪法制定以前の刑事手続き

明治初期には、独立した刑事訴訟法が存在せず、江戸時代の裁判手続きが慣習的に用いられていました。明治元年には刑法事務総督が置かれ、その後、刑法官が設置され、監察司、鞫獄司、捕亡司の三司が置かれましたが、訴訟手続きに関する具体的な法令は存在しませんでした。

明治3年に定められた法廷規則は、法廷での尋問手続きを定めたものでしたが、その内容は江戸時代の慣習から抜け出すものではありませんでした。この規則では、身分による座席の区別が設けられており、封建的な階級観念が残っていました。また、解部（江戸幕府の留役に相当）が尋問を行うと規定されていました。

明治3年12月には、新律綱領が公布され、訴訟、断獄、捕亡に関する規定が設けられました。拷問、事件不受理、誘導尋問の禁止、証拠、虚偽の供述などに関する規定が含まれていましたが、依然として江戸時代の慣習が色濃く残っていました。

明治4年に刑部省と弾正台が廃止され、司法省が設置され、東京裁判所が置かれるとともに、各府県に聴訟断獄課が置かれました。明治5年には、裁判所と検事局が分立し、断獄順序や検事、証書人、代言人などの職制が定められました。また、法廷での身分による座席の区別が廃止され、形式的には裁判における平等が明示されました。しかし、罪案書式や罰案凡例においては、拷問主義が残存していました。

治罪法制定に向けた動き

明治6年（1873年）頃から、ヨーロッパ、特にフランスの刑事訴訟法が参考にされるようになりました。同年制定の断獄則例では、書面審理主義が採用され、戸長等の傍聴が許されるなど、江戸時代の裁判にはなかった要素が取り入れられました。明治7年には、裁判の公開が原則として認められ、拷問制度も原則的に廃止されましたが、全面的な廃止は明治12年を待つことになりました。

明治8年には、大審院が新設され、控訴・上告の手続きが根本的に改正されました。また、糾問判事職務仮規則が制定され、予審制度が採用されました。これにより、自白偏重の裁判から証拠に基づく裁判へと移行し、自由心証主義が採用されました。さらに、保釈制度が導入され、刑事裁判手続の近代化が進められました。

治罪法の編纂

治罪法の編纂は、明治10年（1877年）に治罪法取調掛が設置されたことから始まりました。委員長には大検事の岸良兼養が就任し、ボアソナードも委員の一人として参加しました。ボアソナードは、フランスの1808年の治罪法を基に原案を作成し、1879年（明治12年）に治罪法草案が完成しました。草案は、元老院での審査を経て、明治13年（1880年）7月17日に太政官布告第37号として公布され、明治15年（1882年）1月1日から施行されました。

治罪法の概要

治罪法は、日本の刑事裁判手続きを近代化するために、フランスの治罪法を参考に編纂された独立法典です。旧刑法がフランス刑法に倣って編纂されたのと同様に、中国法系の刑律を廃止し、欧州法系の刑事裁判手続きを採用しました。

治罪法の主な特徴は以下の通りです。

公訴と私訴の区別: 公訴は検察官が行う刑事訴追、私訴は被害者が行う訴追と区別されました。
刑事裁判所の構成: 違警罪裁判所、軽罪裁判所、控訴裁判所、重罪裁判所、大審院、高等法院の制度が定められました。
起訴: 不告不理の原則が採用され、告訴がなければ訴追ができないとされました。
予審制度: 予審判事が証拠収集を行い、裁判に先立って事件を審査する制度が導入されました。これにより、捜査手続きが整備され、裁判の効率化が図られました。
令状制度: 召喚状、勾引状、勾留状、収監状の4種類の令状が区別されました。
密室監禁の制度: 予審判事は、必要に応じて被告人を密室に監禁することができました。
自由心証主義: 裁判官が証拠に基づいて自由に判断する自由心証主義が採用されました。
現行犯の予審: 現行犯の場合、検事の請求を待たずに予審を開始できるようになりました。
保釈制度: 保釈が認められるようになり、被告人の権利が保護されました。
裁判の公開と口頭弁論主義: 裁判は公開され、口頭弁論が重視されました。
刑事弁護人制度: 刑事弁護人制度が初めて採用され、被告人の防御権が強化されました。

治罪法の意義

治罪法は、日本の刑事裁判手続きを大きく変革し、近代的な法治国家の礎を築きました。この法律は、その後の日本の刑事訴訟法の発展に大きな影響を与え、現代の刑事裁判制度の基礎となっています。ボアソナードの貢献は大きく、日本の法整備における重要な一歩となりました。

参考資料

小早川欣吾『明治法制史論』
『治罪法草案註解』
大審院書記局編『草案比照治罪法』

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