法の師

謎に包まれた源氏物語の巻名「法の師」

古注釈や源氏物語に関する古文書の一部に現れる「法の師（のりのし）」という巻名は、現代の一般的な源氏物語54帖には含まれていません。しかし、いくつかの資料がその存在を示唆しており、その謎めいた存在は長年、研究者たちの関心を集めてきました。

「法の師」の登場箇所と解釈

「法の師」は、以下の3つの文脈で確認できます。

1. 夢浮橋の異名: 紫明抄や河海抄といった源氏物語の注釈書では、「法の師」が最終帖である「夢浮橋」の別名として扱われています。この解釈に基づくと、薫の詠んだ和歌「法の師と尋ぬる道をしるべにて思はぬ山に踏み惑ふかな」が巻名の由来とされています。

2. 夢浮橋に続く巻: 源氏釈という注釈書では、「三十六 夢浮橋」の次に「三十七 のりのし」と記されており、夢浮橋に続く新たな巻として「法の師」が位置づけられています。この記述は、源氏物語の全帖数を37とする解釈を可能にしています。

3. 雲隠六帖との関連: 室町時代に作られた源氏物語の補作である雲隠六帖では、「法の師」が第4帖の巻名として用いられています。さらに『雲隠六帖抄』という注釈書では、「法の師と差櫛とは同じである」と記されており、雲隠六帖における「法の師」の位置付けを示唆しています。

「法の師」巻は本当に存在したのか？

源氏釈が示す、夢浮橋に続く「法の師」巻の存在については、大きく分けて2つの説があります。

池田亀鑑の説：単なる誤り

池田亀鑑は、源氏釈における「法の師」の記述は単なる誤りであると主張しています。源氏釈では、「総角」を「椎本」の並びの巻として扱う一方で、巻序を示す数字を省略しているため、「夢浮橋」の数字が三十六になってしまったと推測しています。しかし、並びの巻を除いた源氏物語全体の巻数は37であるはずだと考え、元々「夢浮橋」の異名であった「法の師」に「三十七」という数字を付与することで、全巻数を37としたのではないかという見解を示しています。

寺本直彦の説：かつて存在した巻

一方、寺本直彦は、「法の師」巻はかつて実際に存在したとする説を提唱しています。源氏物語の巻構成は、成立後も変遷を繰り返しており、複数の巻が統合されたり、逆に一つの巻が分割されたりする可能性があると指摘しています。この観点から、源氏釈は、現在とは異なる巻構成の源氏物語を対象に注釈を加えており、その後「夢浮橋」と「法の師」が統合されて現在の「夢浮橋」となり、「法の師」が異名として残ったのではないかという解釈を示しています。

まとめ

「法の師」は、現存する源氏物語にはない巻名ながら、複数の注釈書や系図にその痕跡を残しています。その存在や位置付けについては、複数の説が提示されており、未だに謎に包まれたままです。注釈書の記述の誤り、あるいはかつて存在した巻の痕跡、さらには補作との関連性など、様々な可能性が考えられます。今後の研究によって、この謎が解き明かされることを期待したいところです。

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