法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘

法隆寺金堂に安置されている釈迦三尊像の光背裏面に刻まれた銘文は、飛鳥時代の歴史を今に伝える貴重な資料です。この銘文は、単に仏像の情報を伝えるだけでなく、当時の社会情勢や人々の信仰、そして聖徳太子という人物を深く理解するための手がかりとなります。

概要

銘文は196文字で構成されており、623年に造像された年紀や聖徳太子の没年月日などが記されています。法隆寺金堂薬師如来像光背銘とともに、日本の金石文の双璧と称されています。この銘文が特に重要なのは、造像の施主、動機、祈願、そして仏師の名前が全て記されている点です。これは、日本の古代美術史において他に類を見ない貴重な情報源となっています。

銘文の文体は、漢文に和風の要素を交えたもので、四六駢儷文を取り入れることで荘重さを演出しています。ただし、この銘文の真偽については議論があり、後世の追刻であるという見方も存在します。しかし、議論の対象はあくまで銘文であり、仏像そのものの成立時期については、様式や技法から見て623年頃に完成されたとする見方が有力です。

釈迦三尊像について

法隆寺金堂の本尊である釈迦三尊像は、止利様式と呼ばれる様式で作られた仏像です。中尊の釈迦如来坐像と、左右に立つ脇侍菩薩立像から構成され、背後には大型の舟形光背があります。この仏像は、日本で最も古い様式を持つ金銅像であり、飛鳥彫刻の代表作とされています。光背裏面の銘文は、この仏像の美術史的、書道史的な価値をさらに高めています。

銘文の内容

銘文には、推古天皇29年（621年）に聖徳太子の生母である穴穂部間人皇女が亡くなったこと、翌年に太子と妃である膳部菩岐々美郎女が病に倒れたことが記されています。そのため、膳夫人や王子、諸臣が太子の等身大の釈迦像を造ることを発願し、病気平癒を願いました。しかし、622年に膳夫人と太子が相次いで亡くなり、623年に釈迦三尊像が仏師の鞍作止利によって造られました。

銘文は、造像の施主たちが聖徳太子のために仏像を造ることを誓願し、その誓願通りに造り終えたことを示しています。造像の動機は、太子の母の死と太子夫妻の病であり、その目的は病気平癒と死後の浄土への往生でした。特筆すべきは、銘文に仏師の名前が記されていることで、これは当時の社会において鞍作止利が特別な存在であったことを示唆しています。

書体と書風

銘文の書体は、やや偏平で柔らかみのある楷書体です。しかし、196文字中には現代の活字には存在しない文字も含まれており、当時の書風を色濃く反映しています。用筆は力強く、洗練されており、鏨彫りの技術も高度です。書風については、六朝書風や初唐の書風など、様々な見解がありますが、全体的には整然とした字配りによって統一感が保たれています。

仏像様式と書法文化の源流

釈迦三尊像の様式は、中国北朝の北魏に源流を求めるのが通説でしたが、近年では中国南朝の影響も指摘されています。特に、百済を経由して日本に伝えられた可能性が考えられています。銘文の書風も、北魏の書風とは異なる特徴を持っており、仏像様式と銘文書風の不統一が長年の疑問でした。しかし、百済の遺物との比較研究が進み、法隆寺の仏像が百済扶余時代の様式の影響を受けていることが明らかになっています。

刻字の年代に関する議論

銘文の刻字年代については、623年であるとする説と、後世の追刻であるとする説があります。623年刻字肯定説は、光背が最初から銘文を入れるように製作されていたことや、釈迦三尊像の台座から発見された墨書などを根拠としています。一方、否定説は、「法興」という年号が存在しないことや、「仏師」という語の使用時期などを根拠としています。この問題については、現在も議論が続いています。

法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘は、古代日本の歴史、文化、信仰を研究する上で欠かすことのできない貴重な資料です。銘文に込められたメッセージを読み解くことで、私たちは飛鳥時代の人々の息吹を感じることができるでしょう。

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