海上潟

海上潟（うなかみがた）とは

海上潟は、古代の上総国または下総国に存在したとされる潟湖（ラグーン）です。この地は、当時の畿内政権が東国へ進出する際の海路における最前線の港津として機能していたと考えられています。

概要

海上潟の所在地を巡っては、長らく議論が続いていました。

従来の説では、万葉集巻十四の東歌に「夏麻引く海上潟の沖つ洲に船は留めむさ夜更けにけり」という歌があり、その注に「上総国歌」とあることから、海上潟は上総国の海上郡にあったとされていました。具体的には、現在の市原市沿岸の東京湾干潟がその場所とされ、奈良時代以前から水上交通の要衝であったと考えられていました。

しかし、江戸時代以前の東京湾の水上交通は、品川湊から六浦（金沢）を経て鎌倉に至る水陸交通路が主体でした。内湾と外海との往来はそれほど盛んではなく、浦賀水道を越える航路は、河村瑞賢によって整備された東廻り・西廻りの航路が一般的でした。また、東京湾西側の武蔵国は、古代には東山道に属しており、上野国を経由する陸路が主な交通手段でした。

一方、下総国にも同名の海上郡が存在します。万葉集巻七には、「夏麻引く海上潟の沖つ洲に鳥はすだけど君は音もせず」という歌があり、その前の歌には「鹿島の崎」という地名が登場します。この鹿島の崎は、現在の鹿島郡旧波崎町に関連付けられます。

さらに、万葉集巻九には、高橋虫麻呂が検税使の大伴卿と別れた際の歌として、「ことひ牛の 三宅の潟に さし向ふ 鹿島の崎に」という長歌があり、その末尾には「海上の その津を指して 君が漕ぎ行かば」と詠まれています。

これらの歌から、「鹿島の崎」は旧波崎町付近、「三宅」は現在の銚子市三宅町付近と推定され、海上潟はこれらの西方の海上郡界に沿った干潟、さらに西方には香取海があったと考えられています。そのため、巻十四の歌の注は編者の誤認であり、実際には下総国の歌であるとする説が現在では有力となっています。

海上潟の変遷

万葉の時代、九十九里平野の北東端の汀線近くにはラグーンが存在し、港として利用されていたことが和歌から窺えます。その後、このラグーンは椿海と呼ばれる湖となり、近世には干拓されて「干潟八万石」と呼ばれる広大な農地へと姿を変えました。

また、海上潟を香取海の部分的な名称や異称とする説も存在します。後世には、源頼政が「あいさゐる海上潟を見渡せば霞に浮かぶ信太の浮島」と詠んでおり、下総・常陸の歌名所としても知られていました。

海上潟は、古代の交通や文化を考える上で重要な場所であり、その変遷は地域の歴史を語る上で欠かせない要素となっています。

参考文献

『角川日本地名大辞典 (千葉県)』角川書店、1984年。
平凡社地方資料センター『千葉県の地名』（オンデマンド版）平凡社、2003年。
青山宏夫「干拓以前の潟湖とその機能 : 椿海と下総の水上交通試論」『国立歴史民俗博物館研究報告』第118巻、2004年。
日下 雅義『平野は語る』大巧社、1998年。

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