渋田黎明花

渋田黎明花（しぶた れいめいか）

渋田黎明花は、明治後期から昭和中期にかけて活動した日本の小説家、作詞家、そして俳人です。本名は渋田喜久雄といい、特に作詞においては戦前から戦後にかけて非常に多くのペンネームを使い分けていたことで知られています。

明治35年（1902年）、福岡県糟屋郡席内村（現在の古賀市）庄に生を受けました。公務員だった父親の仕事の関係で、幼少期の一時期を新潟県西蒲原郡赤塚村（現在の新潟市西区赤塚）で過ごしています。福岡へ戻った後は、官営八幡製鉄所付属の幼年職工養成所を卒業し、旋盤工として働いていましたが、文学への道を志し上京しました。

文筆家としてのキャリアは、昭和5年（1930年）に『サンデー毎日』誌の大衆文芸部門に応募した時代小説『変幻花鳥図』が佳作を受賞し、同年5月1日号に掲載されたことから本格的に始まりました。この受賞が転機となり、作家の長谷川伸に師事することになりました。師である長谷川伸の時代小説を原作とした昭和8年（1933年）公開の映画『振分け小平』では、主題歌「振分け小平の唄」や「お葉小唄」の作詞を手掛けています。また、自身が発表した小説も、講談社『キング』掲載のものを中心にたびたび映画化されました。他にも『講談倶楽部』や『家の光』といった有力な雑誌に作品を発表。朝日新聞社が文部省の後援で行った「健康児の歌」の公募では、「白浜 進」名義で応募した歌詞が入選を果たすなど、多岐にわたる分野でその才能を発揮しました。

第二次世界大戦中に弟を亡くしたことにより福岡へ帰郷。戦後の昭和21年（1946年）8月には、日本画家の小林恒火子らとともに文芸誌『かすや文学』を創刊し、世話人として郷里の文化振興にも尽力しました。古賀を拠点に俳句同人を主宰する傍ら、全国で行われる文芸や作詞の懸賞公募に積極的に応募を続けます。この際には、「梅田 健」や「花田 鶴彦」といった既知のものに加え、家族や親族の名前を組み合わせたものなど、多くのペンネームを巧みに使い分けていたとされ、その賞金を生計の足しにしていたと考えられています。渋田自身は、生涯に作詞した作品数を「ざっと千二百余篇」と述懐していますが、多数の名義が存在するため、その活動の全容は現代においてもなお不明な点が多く残されています。

昭和53年（1978年）に逝去。享年77歳でした（満75歳没）。

「新潟県民歌」の実作者説

渋田黎明花の近年における大きな注目点は、昭和23年（1948年）に日本国憲法公布を記念して制定された「新潟県民歌」の実際の作詞者である可能性が極めて高いことが報じられたことです。この県民歌の名義上の作詞者は、古賀に隣接する新宮町の高下玉衛（1913年 - 2011年）とされています。しかし、高下本人は生前、「ビルマから引き上げて来たばかりで、とても作詞ができるような状態ではなかった」と述べており、新潟県庁の職員による聞き取りに対しても、「親類の人に、校歌などを作る人がいて」、その人物が高下の名義で応募したらしいと証言していました。この「親類の人」の正体については長年にわたり不明とされてきましたが、県職員の聞き取りから約20年を経た令和2年（2020年）になり、福岡県に住む高下と渋田の遺族が新潟日報の取材に応じたことで、両家が相婿（妻同士が実の姉妹）の関係にあり、渋田がその「親類の人」であった可能性が非常に高いことが明らかになりました。この報道は、半世紀以上にわたる県民歌の謎に光を当てるものとして大きな反響を呼びました。

この説を裏付ける傍証として、新潟県民歌が制定される半年前に愛媛県新居浜市が市制10周年を記念して制定した「新居浜市歌」の存在があります。この市歌の作詞者名義は「花田 豊」とされていますが、歌詞の内容が「新潟県民歌」と驚くほど酷似しており、新居浜市立別子銅山記念図書館が所蔵する楽譜に記載された作詞者の住所が古賀町であることから、これも渋田の用いたペンネームの一つである可能性が高いと見られています。

渋田自身と新潟県の地縁については長らく不明とされていましたが、昭和14年（1939年）に新潟日報の前身である新潟新聞が公募した「大陸開拓の歌」で入選した際のインタビューで、自身が幼少期の一時期を新潟で過ごしたことを明かしています。また、東京で長谷川伸門下に入った時期には、同じく新潟県北魚沼郡小出町（現在の魚沼市）出身で、長谷川門下だった作家の山岡荘八と無名時代から親交があったことも知られています。これらの点が、渋田が新潟県民歌を手掛けた可能性をさらに高めています。

主な作品

多数のペンネームで活動していたため、公に確認されている名義の一部を挙げるに留まります。

小説

渋田黎明花
『変幻花鳥図』（『サンデー毎日』1930年5月1日号掲載）- サンデー毎日大衆文芸佳作受賞作。
『颷（はやて）の寛太郎』（『キング』1934年7月号掲載）- 新興キネマにより『恩讐子守唄』のタイトルで映画化され、主題歌も自身で作詞。
渋田進
『怒るダム』（『家の光』1937年5月号掲載）- 『家の光』主催大懸賞一等入選作。

作詞

渋田黎明花
「振分け小平の唄」（作曲：竹岡信幸）- 映画『振分け小平』主題歌。
「お葉小唄」（作曲：竹岡信幸）- 同上。
白浜進
「健康児の歌」（作曲：山田耕筰）
櫻井宏
「塩竈市民歌」（作曲：古関裕而）
梅田健
「福岡県公立古賀竟成館高等学校校歌」（作曲：中田直宏）
「福岡市立早良中学校校歌」（作曲：森脇憲三）
「大陸開拓の歌」（作曲：江口夜詩）
「納税奉公の歌」（作曲：古関裕而）
花田鶴彦
「町田市歌」（作曲：明本京静）
「倉敷市歌」（補作：作詩市歌選考委員会、作曲：山下和子）
「エーワンベーカリーのうた」（作曲：桜井順）
花田龍彦
「敦賀市歌」（作曲：下総皖一）
「豊川観光音頭」（補作：小野金次郎、作曲：吉田正）

コラム

* 「酔筆講談 ペン一本無茶修行」（梅田健名義。『広報こがまち』連載。2020年に書籍化）

渋田黎明花の多岐にわたる活動は、昭和期の日本の文芸・音楽シーンに大きな足跡を残しました。特に多数のペンネームを用いた活動や、近年の「新潟県民歌」実作者説は、その生涯を語る上で欠かせない側面となっています。

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