桜井順

桜井順氏（さくらいじゅん、本名：櫻井峯夫）は、日本の音楽シーンにおいて、特にコマーシャルソングの分野で独自の地位を確立した作曲家、作詞家です。1934年 3月14日に現在の東京都港区麻布に生まれました。作詞活動においては、「水木ひろし」や「能吉利人」といったペンネームも巧みに使い分けました。櫻井順という表記が用いられることもあります。

桜井氏の家系は、日本の近代において影響力を持った人々を輩出しています。父方の曾祖父は、慶應義塾長や貴族院議員を務めた小幡篤次郎。父方の祖父は、三井物産や三越などで重役を歴任した櫻井信四郎です。桜井氏自身も、幼稚舎（現在の小学校にあたる課程）から慶應義塾で学び、大学は経済学部を卒業しました。祖父、父、そして桜井氏と、三代にわたって慶應義塾の幼稚舎から経済学部（当時の理財科）へと進学したという、特筆すべき学歴を持っています。

経歴と音楽への道

慶應義塾大学経済学部を卒業後、桜井氏は一度は商社に就職しました。しかし、大学時代から音楽への強い情熱を抱いており、卒業を控えた時期には朝日放送が主催した「ABCミュージカルスポット・コンクール」に応募し、後に童謡の大家となる越部信義氏に次ぐ2位に入賞するという実績を残しました。商社での勤務を続けながらも、夜間は放送作家・作詞家である三木鶏郎氏が主宰する、多才な人材が集まる企画制作集団「冗談工房」に参加し、音楽スタッフとして活動することで、実践的な音楽制作の経験を積んでいきました。商社でのキャリアでは海外勤務を希望していましたが、その夢が叶わないことを悟った桜井氏は、音楽の世界で生きることを決意し、入社からわずか1年で商社を退職しました。

CM音楽の巨匠として

音楽家としての道を本格的に歩み始めた桜井氏は、1964年、冗談工房で共に活動していた音楽プロデューサーの大森昭男氏と共同で、企画・制作会社「ブレーンJACK」を設立しました。この事務所を拠点に、桜井氏はコマーシャルソング（CMソング）の分野で類まれな才能を発揮し、日本のCM音楽史に大きな足跡を残します。特に、資生堂のCM音楽は数多く手がけ、その洗練されたメロディーと斬新な表現は、当時の視聴者に強い印象を与えました。桜井氏のCMソングは、単なる商品のBGMとしてだけでなく、広告のメッセージを効果的に伝え、人々の記憶に長く残る力を持っていました。「お正月を写そう」（富士フイルム）や「こぶたの歌」（エースコック）など、時代を超えて多くの日本人に親しまれているCMソングを数多く生み出しました。

多彩な創作活動

桜井氏の音楽活動はCMソングに限定されませんでした。児童音楽の分野では、「とんでったバナナ」という、今なお多くの子供たちに歌われている童謡の作曲を手がけました。NHKの「みんなのうた」においても、「ヘンなABC」や「ぼくのバレンタインデー」といった楽曲が採用され、子供たちの情操教育に貢献しました。また、三木鶏郎氏のもとで活動を共にした縁から、野坂昭如氏とのコラボレーションも多く、「ソクラテスの唄」や「ダニアースの唄」といったユニークな楽曲を提供しました。和田誠氏が手がけたマザー・グースに基づく音楽劇の作曲も担当するなど、その活動範囲は多岐にわたりました。歌謡曲の分野では、作詞家「能吉利人」名義で「黒の舟唄」や「マリリン・モンロー・ノー・リターン」といったヒット曲を生み出し、作曲家としてだけでなく、作詞家としても非凡な才能を示しました。

後年の活動と功績

2007年には、ソリッドレコードより、彼が手がけたCMソングを中心に収録したアルバム『桜井順 CM WORKS』がリリースされ、その膨大な功績に改めて光が当たりました。晩年も精力的に活動を続け、JR東日本の交通系ICカードであるSuicaのCMソングや、カゴメのサウンドロゴなど、現代でも広く知られる楽曲を手がけました。その音楽は、時代や世代を超えて多くの人々に親しまれ続けています。

桜井順氏は、2021年9月25日、心不全のため東京都港区の自宅で亡くなりました。享年87でした。生涯にわたって様々なジャンルの楽曲を手がけ、特にCM音楽という分野を芸術の域に高めた彼の業績は、日本の音楽史において重要な位置を占めています。

主な作品

CMソング

- ナゴヤ地下街「ナゴヤ地下街の歌」（歌：楠トシエ）
- AJOC「メガネ・ソング」（メガネの相沢ほか）
- 三菱グループ「三菱グループの歌」
- カゴメ「トン・トン・トマト・まっかっか」（歌：楠トシエ）、サウンドロゴ（2016年 - ）
- エースコック「こぶたの歌（ブタブタ子ブタ）」
- コカ・コーラ「意見が合うのは」
- トヨタグループ「この道を行くトヨタ」
- 石丸電気
- 富士フイルム「お正月を写そう」
- 日清サラダ油セット
- AGFコーヒーギフト
- 味の素ほんだし
- サントリーオレンジ50
- カルピス「白い少女」
- カバヤマスカットキャンディ
- サントリーゴールド900「ソクラテスの唄（ソ・ソ・ソクラテス）」「通せば天国」（歌：野坂昭如）
- 西武百貨店夏市/冬市
- 相鉄ローゼン今も歩くこの道
- アース製薬「ダニアースの唄」（歌：野坂昭如）
- サントリー DAKARA
- サントリー野菜カロリー計画
- トヨタ T-UP
- エーワンベーカリー「エーワンベーカリーのうた」
- キッコーマン「キッコーマンの唄」
- 穴吹工務店サーパスマンション
- JR東日本 Suica
- チョーヤ梅酒とろける黒糖梅酒
- ダイハツタント
- サンヨー食品サッポロ一番
- エプソンエコタンク
- 明治オリゴスマート
- 丸光「ショッピングまるみつ」

童謡

- とんでったバナナ
- ツッピンとびうお
- 南のなかま
- 「オフ・オフ・マザー・グース」「またまた・マザー・グース」諸作品
- ヘンなABC（みんなのうた）
- ぼくのバレンタインデー（みんなのうた）
- ドキドキドン1年生

歌謡曲

- 黒の舟唄（作詞：能吉利人）
- マリリン・モンロー・ノー・リターン（作詞：能吉利人）
- バージンブルース（作詞：吉利人）
- 銀のかざぐるま

ピアノ曲

- うさぎ小屋のピアニストたち（10手連弾）
- クッキング・トレイン（5手連弾）

テレビ番組

- びっくりスコープ

著作

- 能吉利人「CM詩集毒」（思潮社、1969）
- 「オノマトピア擬音語大国にっぽん考」（電通、1986）

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