渡辺典博

渡辺典博：巨樹巨木に息づく日本の魂を写した写真家

渡辺典博（1936年8月11日 - 2015年6月2日）は、日本の巨樹巨木をこよなく愛し、その雄大な姿を写真に収め続けた写真家です。茨城県鹿嶋市に生まれ、代々鹿島神宮の宮司を務めた家系に育ちました。明治初期に鹿島神宮と伊勢神宮の大宮司を歴任した鹿島則文を曽祖父に持つなど、由緒ある家系に生まれた渡辺は、幼い頃から神宮の森に囲まれた環境の中で自然と深く関わってきました。

茨城県立麻生高等学校卒業後、日本大学芸術学部写真学科に進学。新宿の下宿では、落語家の9代目三笑亭可楽や漫画家の高井研一郎らと青春時代を共に過ごしました。大伯父は日展理事長を務めた画家、辻永で、芸術家としての道を歩む上で大きな影響を受けました。

卒業後はフリーランスとして週刊誌やPR誌を中心に活動する傍ら、人間国宝や落語家を被写体とした作品も発表しました。40代頃からは桜をテーマにした撮影を始め、やがて巨樹巨木へと関心を広げていきます。

ライフワークとなった巨樹巨木の撮影では、ライトバンに生活用品を積み込み、車中泊を繰り返しながら日本全国を巡り、3000本を超える巨樹巨木を撮影しました。その活動は、山と渓谷社から出版された3冊の写真集『巨樹・巨木 -日本全国674本』（1999年）、『続 巨樹・巨木 -日本全国846本』（2005年）、『東京周辺　パワーツリーに会いに行く！』（2011年）に結実しています。これらの作品は、単なる風景写真にとどまらず、日本の自然と文化、そして人々の信仰との深い関わりを映し出しています。

晩年には、最愛の妻の死を乗り越え、御神木信仰、そして東アジアに共通するアニミズム信仰へと関心を広げ、沖縄、台湾、韓国へと撮影の範囲を広げました。日本の巨樹巨木にとどまらず、東アジア各地の自然と文化を探求する姿勢は、彼の探究心と深い感性を物語っています。

数々のエピソードも残しています。多くの人の尽力で枯死の危機を脱した根尾谷の薄墨桜は、彼のテーマを花から樹そのものへと広げるきっかけとなったと言われています。新聞記事で紹介された際の「巨木巡礼の写真家」というタイトルは、その後、彼自身も名乗るようになりました。また、高井研一郎の紹介を通じて、ちばてつや、赤塚不二夫、山内ジョージといった漫画家たちとも交流を持ちました。

鹿島中学時代の同級生であった9代目三笑亭可楽とは、かしま大使も務めるなど親交が深く、可楽の紹介で桂米丸、7代目立川談志、林家木久扇、9代目春風亭小柳枝、春風亭栄橋といった多くの落語家とも交流がありました。

巨樹巨木を巡る旅は、単なる撮影活動を超え、人々との出会い、そして日本の自然と文化への深い理解を育む旅でもありました。2015年、大動脈解離手術の予後不良のため78歳でこの世を去りましたが、彼の残した作品は、これからも多くの人々に日本の自然の美しさ、そして人々の信仰心の深さを伝えていくことでしょう。数々の写真展やテレビ番組への出演を通して、渡辺典博は日本の自然と文化を広く世に知らしめました。彼の功績は、日本の写真史に燦然と輝くものとなるでしょう。

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