渡部英麿

渡部 英麿

渡部 英麿（わたなべ ひでまろ）氏は、1924年9月24日に広島県広島市西本浦町（現在の南区）に生まれ、2011年10月12日に87歳で亡くなった人物です。神社の宮司でありながら、優れたサッカー選手、そして指導者としても知られています。その経歴は非常にユニークであり、生涯を通じてサッカーと神職という二つの道を歩みました。

生い立ちと学生時代

渡部氏の実家は、広島市の黄金山に面した邇保姫神社でした。父は教師で、後に作家となる中条一雄氏の広島一中時代の担任を務めています。渡部氏自身も1943年に広島一中（現在の広島国泰寺高校）を卒業。当時の同級生には、後に広島大学名誉教授となる平田嘉三氏や、広島女学院大学名誉教授の庄野直美氏らがいます。また、実弟の定彦氏も中条氏の同級生でした。

1944年には國學院大學に進学しますが、同年9月には軍に入営。翌1945年7月まで広島で教錬を受けた後、甲種幹部候補生として京都府福知山市にあった「中部軍管区教育隊」へ移動となりました。この移動があったため、幸運にも1945年8月6日の広島への原爆投下を免れることとなります。

サッカー選手としてのキャリア

終戦による復員後、渡部氏は國學院大學を卒業し、実家の邇保姫神社で神主としての務めを始めました。その傍ら、広島似島中学で教員としても勤務し、サッカーの指導にあたります。似島中では実弟の定彦氏と共にサッカー部を指導しました。

この似島中学教員時代、30歳前後で日本代表に選出されるという異例の経歴をたどります。これは、当時地元の青年団チームや、実力者を集めた「全広島」などの選抜チームで継続してサッカーをプレーしていた成果でした。「全広島」は下村幸男、小畑実、銭村健次といった東洋工業の選手や、福原黎三氏らも参加した強力なメンバーを擁するチームであり、1951年に来日したスウェーデンのプロチーム、ヘルシンボリIFとも対戦し、渡部氏もこの試合に出場しています。ヘルシンボリIFは日本代表とも2試合対戦しており、渡部氏は試合出場機会はなかったものの、日本代表に名を連ねることとなります。

そして、1954年のワールドカップスイス大会予選と第2回アジア競技大会（マニラ）では、当時の正GK村岡博人氏とポジションを争い、それぞれ1試合ずつ、計2試合の国際Aマッチに先発出場を果たしました。恵まれた体格を生かした安定感のあるプレーで、名ゴールキーパーと称された一方、視力に難があったため、眼鏡を着用してプレーした珍しい選手でもありました。チームメイトからは、その本業にちなんで「神主」という愛称で親しまれたといいます。

指導者としての活躍

選手引退後、渡部氏は中国電力に勤務します。中電勤務時代に、会社の知人の息子が山陽高校のサッカー部にいたことがきっかけで、同校のコーチを務めることになりました。これが縁となり、1955年には山陽高校の漢文教師として赴任し、サッカー部の部長と監督を兼務することになります。

神主と教師、そしてサッカー指導者という三つの役割を担う「二足のわらじ」生活は多忙を極め、試合が終わるとユニフォームから神職の装束に着替え、急いで神社に戻ることもあったといいます。その指導は厳しく、鉄拳制裁もあったことから生徒たちには恐れられましたが、同時に「神に仕える人とは思えない」「荒法師か天狗のようだ」と噂されるユニークな一面もあったという逸話も残されています。このような厳しい指導で、渡部氏は山陽高校を、広大附属、国泰寺、修道といった広島の高校サッカー御三家と肩を並べる強豪へと育て上げました。

山陽高校は1955年に全国高校選手権初出場を果たし、1967年には渡部氏が監督としてチームを全国制覇へと導きました。当時の教え子には大石信幸、宮本輝紀、上久雄、国枝強、河野和久といった面々がおり、彼らは後に日本代表に名を連ねています。多くの教え子が八幡製鉄サッカー部に進んだ背景には、当時の八幡の監督であった寺西忠成氏が渡部の広島一中での1年後輩にあたり、旧知の間柄であったことが挙げられます。

サッカー界への貢献と晩年

山陽高校での指導後も、渡部氏はオール中国高校選抜の監督を務めるなど、広島県サッカー協会の重鎮として、その発展に尽力しました。

1972年には、永大産業の深尾茂社長の強い意向を受けて創設された同社サッカー部のチームづくりに協力します。自身が休部となった名古屋相互銀行サッカー部の広島出身選手たちの後見人的立場にあったことから、これらの選手の永大への大量移籍を仲介するという大きな役割を果たしました。この移籍劇は当時、新聞でも大きく報じられました。名相銀からの有力選手の加入によりチーム力は飛躍的に向上し、永大産業は創部初年度で異例の日本サッカーリーグ（JSL）二部入り、翌年には一部昇格を果たし、さらにブラジル人選手の補強もあって、1974年には創部わずか3年で天皇杯決勝進出という快挙を成し遂げています。

その後は、実家の邇保姫神社の宮司としての務めに専念する生活を送りました。邇保姫神社は広島原爆の被害に耐えた被爆建物として知られていましたが、2007年に不審火により焼失。その後、2010年に再建されています。

晩年は母校・広島国泰寺高校サッカー部OB会の会長を務め、同部創部100周年の記念事業に尽力するなど、最後までサッカーへの情熱を燃やし続けました。

2011年10月12日、膵臓がんのため広島市内の病院にて、87歳でその生涯を閉じた渡部英麿氏。宮司、日本代表ゴールキーパー、そして全国優勝監督として、その多角的な活動は多くの人々に記憶されています。

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