温泉藻

温泉藻：極限環境に生きる微生物

温泉藻は、50℃～80℃という高温の温泉環境に生息する藻類の総称です。一般的な生物にとって致死的な高温下でも生育できる、極限環境微生物として知られています。温泉の源泉付近や流れ出る水路、浴槽など、様々な場所に生育し、温泉特有の生態系を支える重要な役割を担っています。

温泉藻の特徴

温泉藻は、主に単細胞生物から構成されています。その種類は多様で、原核生物である藍藻（シアノバクテリア）や、真核生物である紅藻、珪藻などが含まれます。古細菌なども共存し、複雑な生態系を築いています。海藻のように大型の藻体を形成する種は存在せず、多くの種は顕微鏡レベルの大きさです。

温泉藻は、主に青緑色に見えるのが特徴です。これは、藍藻や紅藻が持つクロロフィルaとフィコシアニンという色素によるものです。温泉藻の繁殖状況は、温泉の色にも影響を与えます。生育場所や種類によって、浮遊性の植物プランクトンとして生活するものや、付着生物として岩などに付着して生活するものなど、様々な生活様式が見られます。

温泉藻は、高温環境への適応において、優れた熱安定性を持つタンパク質を有しています。特に強酸性の温泉に生息する種では、アルミニウムなどの金属イオンへの耐性も備えています。また、紫外線に対する防御色素であるスキトネミンをあまり産生しないという特徴も持ちます。これは、高温湿潤環境ではDNAの修復が効率的に行われるためであると考えられています。

温泉藻を構成する主な生物群

藍藻

温泉藻として最も一般的に見られるのは藍藻です。イエローストーン国立公園をはじめ、世界中の温泉地でその生育が確認されています。多くの藍藻は高温環境下で生育可能であり、45℃以上に至適生育温度を持つものは好熱性藍藻と呼ばれます。代表的な種として、以下のものが挙げられます。

イデユアイミドリ (Mastigocladus laminosus): 世界中の温泉に広く分布し、耐久性の高い胞子によって風媒分散を行うため、様々な場所に生育しています。水中では、細胞が連なった群体を作ってバイオフィルムを形成することが知られています。
リングビア属 (Lyngbya): 淡水から海水まで、様々な環境に生息する藍藻で、温泉や周辺の土壌にも見られます。
ミクロキスチス属 (Microcystis): 淡水域でアオコを形成することで知られる浮遊性の藍藻です。温泉でも、M. proteaやM. thermalisなどが確認されています。
ユレモ属 (Oscillatoria): 世界中の温泉に生育する糸状群体を作る藍藻です。O. geminata、O. jovisなど多くの種が温泉藻として知られています。
フォルミディウム属 (Phormidium): ユレモ属と似ていますが、細胞外に寒天質の鞘を持つ点が異なります。P. fragileなどは地熱の影響を受けた土壌にも生育します。
シネココッカス属 (Synechococcus): 多様な環境に生息する藍藻で、温泉でも多くの種が確認されています。S. lividusは70℃の高温にも耐えることができます。
サーモシネココッカス属 (Thermosynechococcus): シネココッカス属から分離された好熱性の藍藻です。T. elongatusなど、いくつかの種が知られています。

紅藻

温泉に生息する紅藻は、全てイデユコゴメ綱（Cyanidiophyceae）に属する単細胞紅藻です。このグループは、紅藻の中でも初期に分岐したと考えられており、原始紅藻と呼ばれることもあります。イデユコゴメ綱の紅藻は、赤色の色素であるフィコエリスリンを欠くため、藍藻と同様に青緑色に見えます。低pHの硫酸性の温泉を好み、世界各地に分布しています。代表的な属として、以下のものがあります。

イデユコゴメ属 (Cyanidium): Cyanidium caldarium一種のみからなる属です。強固な細胞壁を持ち、周囲に珪酸を沈着させます。この珪酸が耐熱性や耐酸性を高めていると考えられています。
ガルディエリア属 (Galdieria): イデユコゴメ属と類似していますが、葉緑体の配置が異なります。Galdieria sulphurariaなど、いくつかの種が知られています。
シアニディオシゾン属 (Cyanidioschyzon): Cyanidioschyzon merolae一種のみからなる属です。モデル生物として、ゲノム解析や生理学的研究が進められています。

珪藻

温泉に生息する珪藻は、まだ十分に研究が進んでいませんが、ハネケイソウ属やイチモンジケイソウ属などが知られています。日本には多くの固有種が生息していると考えられています。

温泉藻の生息場所と人間との関わり

温泉藻は、温泉の様々な場所に生息します。それぞれの種が持つ温度や乾燥への耐性によって、源泉付近から周辺部まで、帯状に分布しています。一部の紅藻は、岩の内部に入り込んで生活する岩石内生微生物として見られます。浴槽など人工的な温泉施設にも、温泉藻は繁殖します。

温泉藻自体が人間に直接的な害を与えることはありませんが、温泉藻や他の好温性微生物が形成するバイオフィルムは、レジオネラなどの病原菌の温床となる可能性があります。そのため、公衆衛生の観点から、バイオフィルムの除去や、繁殖しにくい環境を作るための対策が必要となります。

一方で、サーモシネココッカスなどの藍藻や、ガルディエリア、シアニディオシゾンなどの紅藻は、培養が容易であることから、様々な生物学的研究のモデル生物として利用されています。高温でも安定したタンパク質は、生化学的研究に役立ちます。また、耐熱性や耐重金属性といった温泉藻の特性を利用した、応用研究も進められています。

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