湯の花トンネル列車銃撃事件

湯の花トンネル列車銃撃事件

1945年（昭和20年）8月5日、第二次世界大戦末期に、東京都南多摩郡浅川町（現在の八王子市裏高尾町）の中央本線、湯の花トンネルで発生した悲劇的な事件です。アメリカ軍のP-51戦闘機が、満員状態の列車に対し執拗な機銃掃射を加え、多数の死傷者が出ました。列車襲撃事件としては国内最大規模であり、50名以上が死亡、130名以上が負傷しました。

背景

連合国軍は、日本本土上空の制空権を掌握すると、軍事施設や交通インフラへの攻撃を開始しました。1945年2月16日には南関東・静岡地区を目標としたジャンボリー作戦が行われ、戦艦による艦砲射撃も実施されました。しかし、当時の日本軍は戦線をアジア太平洋地域に拡大しており、本土防衛に十分な戦力を割くことができませんでした。

東京周辺には帝都防空用の航空機が配備されていましたが、弾薬や燃料の不足、操縦士の不足により、本土決戦に備えて飛行可能な機体を温存せざるを得ない状況でした。一方、イギリス軍やアメリカ軍機は、鉄道施設や列車への攻撃を激化させ、その中でも中央本線湯の花トンネルでの機銃掃射事件は、最悪の人的被害をもたらしました。

事件の概略

新宿発長野行きの419列車（8両編成）は、午前10時10分に新宿駅を出発しました。列車には軍関係者や一般乗客が乗車しており、8月2日の八王子空襲で中央本線が不通になっていましたが、8月5日に全面開通し、419列車は復旧後2本目の列車だったため、大変な混雑となっていました。

列車は遅延を重ね、浅川駅（現在の高尾駅）を1時間遅れの午後0時15分に出発しました。空襲警報が発令中でしたが、乗客からの要望や、トンネルに入った方が安全と考えたため、駅員や乗務員は発車させたようです。

419列車は湯の花トンネル手前で、アメリカ軍のP-51戦闘機に捕捉され、機銃掃射とロケット弾攻撃を受けました。ロケット弾は外れたものの、トンネルから出ていた車両は反復して機銃掃射に晒され、多くの乗客が犠牲となりました。車内は混乱を極めましたが、乗客は銃撃の合間を縫って車外に脱出し、付近の山林やトンネル内に避難しました。

銃撃後、地元住民や乗客らが負傷者や遺体を搬出し、近隣の病院へ搬送しました。遺体の多くは高尾山北側の日影沢で荼毘に付され、遺骨は常林寺に安置されました。犠牲者の数は、国鉄の資料では49名、警視庁は52名としていますが、慰霊会では60名以上としています。負傷者は130名以上にのぼります。

送電線が切断されたため、419列車は蒸気機関車に牽引されて浅川駅へ回送され、中央本線は同日夕方までに復旧しました。

現在

戦後の1950年（昭和25年）、地域住民によって「列車戦没者供養塔」が建立され、その後、現在の場所に移されました。1984年（昭和59年）には「いのはなトンネル列車遭難者慰霊の会」が発足し、毎年8月5日に慰霊祭が行われています。1992年（平成4年）に建立された「慰霊の碑」には、判明している44名の犠牲者の名が刻まれています。

JR高尾駅1番線ホームの屋根の支柱には、機銃掃射による弾痕が残っています。

筑摩書房創業者の古田晁もこの列車に乗車しており、血染めの原稿用紙が現存しています。

2015年には、この事件を題材としたドキュメンタリードラマがTBSで放送されました。

この悲劇を風化させないために、慰霊碑や弾痕は、戦争の悲惨さを伝える貴重な証拠として、今も静かに佇んでいます。

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