源武山源右エ門

源武山源右エ門（げんぶやまげんえもん、1887年〈明治20年〉9月24日 - 1942年〈昭和17年〉11月23日）は、明治から昭和初期にかけて活躍した元大相撲力士です。山形県最上郡に生まれ、本名を荒木繁治といいます。その特異な相撲人生とタニマチへの熱心な営業手腕は、相撲界の隠語「源武」の由来として、後世に名を残すこととなりました。

略歴

若き日の源右エ門は、18歳で日露戦争に志願兵として従軍し、勲八等の叙勲を受けています。帰郷後、相撲の道に進むことを志し、伊勢ノ海部屋に入門したのは21歳の時でした。1909年（明治42年）6月場所で「最上川」の四股名で序ノ口に就き、力士としての第一歩を踏み出します。その後、1911年（明治44年）6月に「紅葉山しげ二」と改名。順調に番付を上げ、1914年（大正3年）5月には三段目42枚目まで昇進し、この場所から下の名を「大五郎」としましたが、この場所限りで部屋を脱走するという行動に出ました。

2年後の1916年（大正5年）1月、彼は大阪相撲へと移籍し、朝日山部屋に入門しました。再び「最上川繁治」の四股名で土俵に上がり、同年6月には幕下6枚目に位置づけられます。1917年（大正6年）1月には十両に昇進しますが、翌1918年（大正7年）1月場所後、再び大阪相撲からも脱走します。しかし、1920年（大正9年）5月場所で大阪相撲に復帰を果たしました。この時、東京相撲の関脇（後の横綱）である源氏山大五郎に対抗するかのように、「源氏山守太郎」と名乗ります。1922年（大正11年）1月には再び十両の地位に就き、1923年（大正12年）5月場所では東十両筆頭まで番付を上げましたが、この時期に発生した「龍神事件」に関与したとされ、三度目の脱走を余儀なくされます。

波乱の経歴を辿った源右エ門は、10年ぶりとなる1924年（大正13年）1月場所で東京相撲に復帰します。この場所は名古屋で開催され、「源武山」と改名して幕下格に付けられますが、わずか1日だけ土俵に上がり、再び大阪相撲に戻りました。大阪では「源氏山源右エ門」と名乗り、同月の大阪場所に出場するという、異例の行動を見せています。

1927年（昭和2年）1月、東京相撲と大阪相撲の合併が実現しました。この合併に際し、多くの大阪力士が番付を大幅に降格させられる中で、源右エ門は連盟相撲での良好な成績が評価され、幕下5枚目から十両11枚目へと位置づけられました。「源武山源右エ門」として迎えた合併後初の1月場所は2勝4敗と振るいませんでしたが、大阪で開催された3月場所では9勝2敗という好成績を収め、十両優勝を果たし大きな喝采を浴びました。この時、すでに39歳でした。京都で開催された同年10月場所では、一度だけ「源氏山」を名乗っています。その後も十両に在位し、1928年（昭和3年）3月場所までその地位を守り抜きました。これにより、彼は昭和期において稀有な、40歳での関取在位を記録した力士の一人となりました。身長は高くなかったものの、体重は140kgあり、その怪力ぶりから「ゴリラのよう」とも評され、頭捻りを得意技としていました。

その後も土俵に上がり続けますが、番付は徐々に下降し、1931年（昭和6年）1月場所では三段目の下位まで番付を下げました。しかし、1932年（昭和7年）1月に勃発した「春秋園事件」の影響で、一時的に幕下に格上げされることになります。同年2月場所で4勝4敗、3月場所で4勝3敗3休の成績を残しましたが、この場所を最後に、44歳で土俵生活から身を引きました（廃業）。

廃業後、源右エ門は大阪で銭湯業を営んで静かに暮らしたと伝えられています。1942年（昭和17年）11月23日、55歳でその生涯を終えました。

相撲隠語「源武」

源武山源右エ門の名は、相撲界の隠語「源武」（げんぶ）として今も残っています。「源武」という言葉は、タニマチ（贔屓や後援者）のもとへ出向いてお世辞を並べ、ご祝儀や支援金をもらう行為を指し、多分に軽蔑のニュアンスを込めて用いられます。

この隠語が源右エ門に由来するのは、彼の並外れたタニマチ営業活動にありました。彼は地方巡業のたびに、巡業先の各地にいる名士宛てに多くの挨拶状を筆書きで送付しました。そして、その地に到着すると、「勲八等源武山源右エ門」と印刷された名刺と土産の包みを携え、羽織袴の正装で個人宅を戸別訪問しました。ご祝儀を受け取れば、必ず礼状を送り、さらに日付、タニマチの名、頂いたご祝儀やご馳走の詳細に至るまで克明に帳面に記録し、次の訪問に役立てたといいます。その熱心さは、相撲の稽古や本場所よりもタニマチ巡りに力を入れていると評されるほどでした。相撲関係者からは、「あの体格で正攻法の相撲を取れば、間違いなく大関にまでなれただろうに」と、その相撲の才能を惜しまれる声も聞かれました。

天龍三郎らが力士の待遇改善を目指して起こした春秋園事件ですが、その決起の動機の一つには、当時の関取たちが源武山と同様に、タニマチからの個人的な支援に頼らなければ生活できないほど苦しい状況にあったことが挙げられるとも言われています。源武山の存在は、かつての相撲界の経済的な実情を示す一例であったとも言えるでしょう。

参考文献

石井代蔵『真説大相撲見聞録』（1981年、1987年）

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