漂泳区分帯

漂泳区分帯（ひょうえいくぶんたい：Pelagic Zone）

漂泳区分帯は、広大で深い外洋において、海面から海底までの水柱を深さ方向で区切った概念、あるいはその深い外洋自体を指す言葉です。漂泳帯、漂泳界、漂泳区といった様々な名称で呼ばれることもあります。英語の「pelagic」は、古代ギリシア語で外洋を意味する「πέλαγος」に由来しています。

この区域の環境は、水深によって大きく変化します。太陽光の到達度合いはもちろん、水温、水圧、そして塩分や溶存酸素、鉄、マグネシウム、カルシウムといった微量栄養素の量なども、深さが増すにつれて変化していきます。より深い層ほど、水圧は高くなり、水温は低く、太陽の光は全く届かなくなります。

物理的・化学的な環境変化に加え、生息する生物相も大きく異なります。沿岸の海域では、海底の地形や海岸線、海底の山といった地形の影響を強く受けることが多く、また海面に近いほど太陽光や捕食、風波の影響を受けやすくなります。これに対して外洋帯、すなわち漂泳区分帯は、海面や海底から物理的に距離があるため、地形的な制約が少なく、生物が比較的自由に水中を移動できる開放的な空間とみなされます。外洋に生息する海洋生物は、沿岸域の生物ほど地形に縛られることなく、あらゆる方向へ泳ぐことが可能です。

他の海洋区分との対比

漂泳区分帯は「外洋帯」とも呼ばれ、大陸棚上の比較的浅い「沿岸水域（neritic zone）」と対比されることがあります。また、海底とその下の堆積物を指す「底生帯（benthic zone）」とも対比されます。底生帯は、海底表面や堆積物中に生息するカニやアサリといった「底生生物」たちの生態的な領域です。底生帯のすぐ上には、「底魚帯（demersal zone）」が別途定義されることもあり、この区域は底生生物や海底からの影響を強く受けます。底魚帯に生息する魚類は「底魚」と呼ばれ、海底で休息するために体密度が高い種が多いです。

深さによる区分

漂泳区分帯は、その水深と環境特性に基づいて、上から順に主に以下の5つの区域に分割されます。

海面表層（Epipelagic）: 海面から水深200メートルまでの層です。太陽光が十分に届き、光合成が行われるため、地球全体の海洋における基礎生産の大部分を担っています。植物プランクトン、動物プランクトン、クラゲ、そしてマグロ、サメ、イルカなど、最も多くの種類の海洋生物が集中しています。
中深層（Mesopelagic）: 水深200メートルから1000メートルまでの層です。「トワイライトゾーン」とも呼ばれ、わずかに光が届きますが、光合成はできません。従属栄養性の微生物が多く、メカジキやイカ、生物発光を行う生物が多く見られます。夜間に餌を求めて海面表層へ移動する生物もいます。
漸深層（Bathypelagic）: 水深1000メートルからおよそ3000メートル（あるいは4000メートル）までの層です。古代ギリシア語で「深い」を意味する「βαθύς」に由来します。太陽光は全く届かず、光は生物発光のみです。植物はなく、上層から沈んでくる有機物（マリンスノー）や他の生物を捕食して暮らしています。ダイオウイカなどが生息します。
深海層（Abyssopelagic）: 水深3000メートル（あるいは4000メートル）からおよそ6000メートルまでの層です。「深淵」や「底なし」を意味する古代ギリシア語「ἄβυσσος」が名称の由来です。水温は低く、水圧は非常に高く、光もありません。生息する生物の数や種類は極めて少ないです。イカ、ナマコ、棘皮動物、ウミグモなどが見られ、光がない環境に適応し、多くの種が透明で目を持たない特徴を持ちます。
* 超深海層（Hadopelagic）: 水深6000メートルより深い層です。ギリシャ神話の冥界「ハデス」に由来します。主に海溝の最深部に存在する、最も過酷な環境の区域です。

生態系と生息生物

漂泳帯の生態系は、主に海面表層に生息する植物プランクトンの光合成によって生み出されるエネルギーに依存しています。しかし、水深が深くなるにつれて光が失われ、溶存酸素が減少し、水圧と水温が変化し、食料源も限られるため、生物の種類や数は急激に減少します。

漂泳帯には様々な生物が生息しています。無脊椎動物としては、オキアミやカイアシ類、クラゲなどが挙げられます。魚類では、海底付近ではなく水柱に生息する「遠海魚」が代表的です。プランクトンを食べるイワシやニシンといった小魚や、それらを捕食するカジキ、マグロ、大型のサメなどが含まれます。

爬虫類では、65種いるウミヘビの中で唯一、一生を漂泳帯で過ごすセグロウミヘビがいます。また、ウミガメの多くは、幼少期を漂泳帯で過ごし、成熟すると沿岸に近づきます。

さらに、海岸や内陸ではなく外洋を主な生息域とする「遠洋鳥（海鳥）」も漂泳帯の生物です。アホウドリやミズナギドリなどが知られており、水面に浮かぶか潜水して、浮遊性甲殻類やイカ、小魚などを捕食しています。

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