漆原進

漆原 進（野崎 進一郎）

1916年（大正5年）9月6日、台湾に生まれた漆原進（うるしばら すすむ）は、主に内野手・左翼手としてプロ野球でプレーしました。戦後には野崎進一郎（のざき しんいちろう）と改名し、社会人野球を経て高校野球の指導者としてもその足跡を残しています。

野球のキャリアは、台北州立台北工業学校（現在の国立台北科技大学）時代に始まりました。在学中の1932年（昭和7年）夏には、チームの一員として甲子園の土を踏んでいます。この時のチームには、後にプロでもチームメイトとなる茅野秀三、茅野健一兄弟がいました。

プロ野球界には、1936年（昭和11年）に誕生した大東京軍の創設メンバーとして参加しました。すぐにレギュラーの座を確保し、チームの中心選手として活躍。しかし、翌1937年（昭和12年）の春季リーグ途中の7月にはイーグルスへ移籍しました。イーグルスでは、1937年秋季と1938年（昭和13年）春季のリーグ戦で全試合に出場するなど、不動の地位を築きました。その後、1940年（昭和15年）6月には金鯱へ移籍し、同年シーズン限りで現役生活を終えました。

現役引退後、漆原は野崎進一郎と名を改めます。戦後の野球界でも活動を続け、社会人野球の強豪チームである神戸クラブに所属。1950年（昭和25年）に開催された第21回都市対抗野球大会には、二塁手として出場しました。続くキャリアでは、徳島県立鳴門高等学校の野球部監督に就任。指導者としても手腕を発揮し、1954年（昭和29年）の春の甲子園ではチームを見事ベスト8へと導いています。この時の教え子には、後にプロ野球選手となった八田正がいます。

漆原のプロ野球選手時代は、そのプレー内容と共に、記憶に残るエピソードや珍しい記録が数多く存在します。特に語り草となっているのが、1936年10月24日に行われた大阪戦（宝塚球場）での一幕です。この試合の5回二死満塁の場面で、漆原が打席に立った際、2ストライク2ボールからの投球が球審によって「ボール」と判定されました。ところが、漆原自身がカウントを間違えて「四球になった」と思い込み、一塁へ歩き出してしまったのです。さらに驚くべきことに、球審を含む両軍の選手もこの間違いに気づかず、他の走者もそれぞれ進塁し、三塁走者が本塁に生還してしまいました。後にカウント間違いに気づき、漆原は打席に戻されましたが、プレーが進行中であったため走者の進塁は認められ、得点も成立。漆原の打席はやり直しとなり、結果は三振でした。これは、日本プロ野球史上初めて記録されたボールカウント間違いにまつわる事件として知られています。

記録面では、1936年秋季シーズンに最も多く死球を受けた選手となっています。また、1938年6月1日のライオン軍戦（後楽園球場）では、プロ野球史上2人目となる1イニング3盗塁という快記録を達成しました。これは、1937年8月29日に当時のチームメイトだった柳沢騰市が記録して以来のことでした。

一方で、そのプレーにはやや粗さも見受けられました。1938年秋季シーズンには、チーム内で寺内一隆に次ぐワースト2位の低打率（.125）に終わっています。守備においても、三塁手として出場した際に暴投を繰り返し、チームの敗戦につながる失策を犯す場面がありました。特に、プロ野球公式戦開幕前の1936年4月5日に行われたノンプロチーム、東京ガスとの練習試合では、9回表だけで2つの失策を記録。この試合で大東京軍は一時リードしていましたが、漆原を含む選手の度重なる失策が響き、一挙に9点を失って逆転負けを喫しました。この結果に激怒した球団代表により、監督が日本プロ野球史上初めて解任されるという異例の事態まで発生しています。野球評論家の竹中半平は、その著書の中で漆原のプレー姿勢について厳しい評価を下しています。

プロ野球での主な記録としては、1936年4月29日の対名古屋軍戦（甲子園球場）での初出場、翌30日の対阪急軍戦（甲子園球場、投手は浅野勝三郎）での初安打、そして1938年9月23日の対東京セネタース戦（後楽園球場、投手は金子裕）での初本塁打が挙げられます。その他の記録としては、前述の1938年6月1日対ライオン軍戦での1イニング3盗塁があります。

プロ野球での背番号は、大東京軍およびイーグルス在籍初期には「7」をつけ、1937年春季途中からイーグルスおよび金鯱では「26」を、金鯱移籍後の1940年には「5」を使用しました。

台湾出身のプロ野球選手として、戦前から戦中にかけてプレーし、戦後は指導者として高校球界にも足跡を残した漆原進（野崎進一郎）は、その記録とエピソードから、日本野球史の一角を彩る存在と言えるでしょう。

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