濃尾崩れ

濃尾崩れとは

濃尾崩れ（のうびくずれ）は、江戸時代前期に尾張藩と美濃国で発生した大規模なキリシタン弾圧事件です。この事件は、単一の地域で多数のキリシタンの存在が発覚し、その信仰組織が崩壊したことから「崩れ」と呼ばれます。濃尾地方におけるキリスト教の受容から弾圧、そして崩壊までの一連の出来事を詳しく見ていきましょう。

濃尾地方のキリスト教の受容

濃尾地方におけるキリスト教の布教は、永禄9年（1566年）に始まりました。織田信長や織田信忠らの保護のもと、ルイス・フロイス、フランシスコ・カブラル、ガスパル・ヴィレラ、ニェッキ・ソルディ・オルガンティノといった宣教師たちが積極的に布教活動を展開しました。

本能寺の変後、織田信雄が庇護者となりましたが、天正18年（1590年）に豊臣秀吉によって追放されます。文禄3年（1594年）には、岐阜の織田秀信がオルガンティノから洗礼を受け、城下に教会堂、病院、孤児院を設立し、領内におけるキリスト教の普及を推進しました。しかし、慶長5年（1600年）の関ヶ原の戦いで西軍に属した秀信が捕らえられ、高野山へ送られたことで、この地のキリスト教勢力は一時衰退しました。

弾圧の前兆

その後、尾張藩を治めた松平忠吉によってキリシタンは一時的に保護されましたが、元和年間から弾圧が始まります。ただし、この時期の取り締まりはまだ本格的なものではなく、尾張国丹羽郡高木村では寛永年間から布教が再開され、明暦・万治年間（1655-1661年）には秘密裏にキリスト教が広まりました。

寛永8年（1631年）には57人のキリシタンが検挙され、4人が火刑、53人が入牢、さらにその中から44人が江戸へ送られました。寛永12年（1635年）には、幕府の命令により尾張藩でキリシタン改めが始まり、訴人には褒美が与えられるという高札が立てられました。幕府は何度も尾張藩内のキリシタンを名指しで捕獲するように命じ、尾張藩は捕らえたキリシタンの多くを江戸に送り、幕府の処分に委ねました。寛永14年（1637年）には、尾張国下野村で300人以上のキリシタンが斬首され、その遺体は大きな穴に埋められ塚が築かれました。

正保元年（1644年）のキリシタン改めでは48人が摘発され、そのうち6人が江戸送りとなりました。残りの42名は処罰されることなく牢死または病死し、最後の1人は貞享元年（1684年）に獄死しました。この後、崩れが発生するまで、尾張藩でのキリシタン検挙は行われませんでした。

濃尾崩れの発生と徹底的な弾圧

寛文元年（1661年）3月、美濃国可児郡の旗本・林権左衛門が、領内の塩村・帷子村でキリシタンが発覚したことを尾張藩に報告し、捕縛を依頼しました。これにより24人のキリシタンが捕らえられ、潜伏キリシタンの頭領として尾張国丹羽郡橋爪村の百姓・藤蔵が逮捕されました。その後もキリシタンの検挙は続き、高木村、橋爪村など79カ村で摘発が行われました。

寛文4年12月（1665年2月3日）、幕府の指示により207人が斬罪に処されました。斬首された遺体は、藩士諸家の知行高に応じて試し物として分けられ、老中には生きたまま差し出されるという残酷な処分が行われました。彼らは精進日を除いて3日間で処分され、遺体は名古屋の千本松原に掘られた大きな穴に投げ捨てられました。同時期には、美濃国笠松の木曽川堤の大臼塚でも数十名が磔刑となりました。処刑された中には武士もおり、「歴々の人もありし由、皆悦んで討たれける由」と記録されています。

寛文7年（1667年）には、老中に呼び出された山澄淡路守がキリシタン宗門の徒について詰問されたことをきっかけに、キリシタンの殲滅が図られ、乳児14人を含む759人が捕えられました。同年12月14日には756人が斬首と磔刑に処され、江戸には405人が牢に残っていると報告されました。同年8月から10月の間には、牢内にあふれるキリシタンを減らすためとして2000人が足軽以上の藩士に試し物として下されました。寛文9年（1669年）には33人が斬罪となりました。寛文元年から7年までに処分されたキリシタンは1300人以上となり、濃尾地方のキリシタンは根絶されたとされています。

崩れ後の統治とキリシタン政策

寛文4年4月7日には、幕府は目付・森川之俊を「美濃天主教徒査検」として美濃国に派遣してキリシタンの調査を行いました。尾張藩では同年5月にキリシタン奉行（宗門奉行）2名を任命し、奉行の一人・海保弥兵衛を江戸に派遣して幕府の宗門改役・北条氏長にキリシタン穿鑿の要諦を尋ねさせています。尾張藩は幕府の指示によって領内38カ所にキリシタン禁制の高札を立て、五人組を組織しました。領内の各寺院には、新規に檀徒となる者の吟味を徹底するよう通達し、代官・給人にキリシタン改めを命じました。寛文5年正月には宗門奉行に代えて寺社奉行が設置され、宗門改めが毎年2月と11月の2度実施されることとなりました。

キリシタン検挙のため、丹羽郡・葉栗郡の給人知行所は、御付家老の成瀬氏・竹腰氏を除き他郡に移され、跡地は幕府の蔵入地とされました。キリシタン摘発に協力した訴人や庄屋には、褒美として銀が与えられ、キリシタンの百姓が耕していた田畑は召し捕りの功労として永久贈与されました。一方、キリシタン類族の者たちは、何代にもわたって厳しい監視下に置かれ、明治時代に至るまで村八分の差別社会で生活することになりました。

濃尾崩れの対応は、幕府の直接的な介入によって行われ、これにより徳川幕府の尾張藩に対する統制が強化されました。同時に、尾張藩はキリシタン禁制政策に伴う五人組制度、宗門改・檀家制度などを確立することで、領民の掌握を強固にし、藩権力を強化しました。

まとめ

濃尾崩れは、江戸時代初期におけるキリスト教弾圧の象徴的な出来事です。この事件は、単なる宗教弾圧にとどまらず、幕府と藩の権力構造、そして民衆の生活に大きな影響を与えました。この事件を通して、当時の宗教観や社会構造、人々の生き方について深く考えることができます。

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