無文銀銭

無文銀銭：古代日本の謎を秘めた銀貨

無文銀銭は、7世紀後半、近江朝時代（667年～672年）頃に発行されたと推定される、日本最古の貨幣の一つとされる銀貨です。その名の通り、銭文（貨幣に刻まれた文字）がないのが特徴で、直径約3センチメートル、厚さ約2ミリメートル、重さ約8～10グラムの円形をしています。中央に小さな丸い孔が開けられている以外、目立った装飾はありません。

発見状況と特徴

無文銀銭は、これまでに大和、近江を中心に、摂津、河内、山城、伊勢の合計17遺跡から約120枚が出土しています。特に近江では、大津宮との関連が指摘されており、天智天皇の時代に発行された可能性が高いと考えられています。

銀の延べ板を裁断して作られており、表面に銀片を貼り付けたものも多く見られます。これは重さを揃えるための工夫とされています。銭文こそありませんが、「高志」「大」「伴」などの文字や記号が刻まれたものも存在します。

歴史的背景と諸説

『日本書紀』には、天武天皇12年（683年）に「今より以後、必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」という記述があり、無文銀銭が富本銭に先行して流通していた可能性を示唆しています。また、和同開珎が発行される以前に銀銭が流通していたという説もあり、無文銀銭との関連性が指摘されています。

当時、朝鮮半島や中国では銀銭は一般的ではなく、主に銅銭が使用されていました。このような状況下で、なぜ日本で銀銭が使用されたのかについては、様々な解釈がなされています。例えば、当時日本では金銀の入手が豪族に委ねられており、王権の規制を受けずに流通していたことや、東南アジアや中央アジアからの渡来人の影響があった可能性などが挙げられています。

出土例の詳細

無文銀銭は、7世紀後半に都が置かれた地域に集中して出土しており、大和では飛鳥京、藤原京、平城京からも見つかっています。これらの遺跡からの出土は、無文銀銭がかなり長期にわたって使用された可能性を示唆しています。また、摂津の難波京付近でも出土しており、当時の経済活動の一端を垣間見ることができます。

特に、以下のような遺跡での発見例が報告されています。

大隅国（延享の頃）
摂津国天王寺村（1761年）: 100枚前後（2枚現存）
添下郡都祁村（1873年）: 1枚
大津市崇福寺跡（1940年）: 12枚（1枚紛失）
明日香村川原寺跡（1958年）: 1枚
柏原市船橋遺跡（1956年）: 1枚
明日香村飛鳥京（1976年）: 1枚
鈴鹿市北野古墳（1976年）: 1枚
明日香村石神遺跡（1986年）: 1枚
橿原市藤原京（1985年）: 1枚
大津市唐橋遺跡（1987年）: 1枚
守山市赤野井湾南遺跡（1988年）: 1枚
栗東町狐塚遺跡（1988年）: 1枚
桜井市谷遺跡（1994年）: 1枚
甲良町尼子西遺跡（1995年）: 1枚
京都市小倉別当町遺跡（1994年）:1枚
奈良市平城京（1997年）: 1枚
明日香村飛鳥池遺跡（1998年）: 切断片6片
* 栗東町霊仙寺遺跡（2004年）:1枚

これらの出土例は、無文銀銭が7世紀後半の近畿地方で広く流通していたことを示唆しています。

無文銀銭は貨幣か

無文銀銭が本当に貨幣として使用されていたのかについては、研究者の間で意見が分かれています。戦前は日本最古の貨幣とされていましたが、昭和47年の文献では貨幣としての認定には疑問が呈されました。しかし、現在では通貨としての価値が一応認められていたと推定されています。

内田銀蔵は、無文銀銭が政府による公鋳品ではなく、私人が製作した可能性を指摘しました。西村眞次は、大量出土例から装身具ではなく通貨であると考えました。青山礼志は、量目のバラつきが少ないことから、自然貨幣から正規貨幣への過渡的な流通財と見なしました。一方、滝沢武雄は、質量が一定でないことから、秤量貨幣であったとしました。今村啓爾は、無文銀銭が鎮壇具として使用された可能性や、名目貨幣だけでなく、より広い意味での貨幣として捉えるべきだと主張しました。

無文銀銭の重さは、約8.2グラムから11.2グラムの範囲にあり、平均すると10グラム程度です。これは1両の約1/4に相当し、江戸時代の古銭書には「二匁八分」と記されているものが多いことから、1分銀を意識した貨幣であったと考えられています。量目がほぼ揃っていることから、計数貨幣的な性格も持ち合わせているとされています。

鉄鋌との関連

『日本書紀』には、5世紀に「稲斛銀銭一文」という記述がありますが、考古学者の白石太一郎は、この銀銭を鉄鋌のことであると主張しています。古墳時代から鉄鋌が出土しており、貨幣の代わりに使用されていた可能性も指摘されています。

まとめ

無文銀銭は、古代日本の貨幣制度を考える上で非常に重要な資料です。その起源や用途についてはまだ謎が多いですが、出土例や歴史的背景を考慮することで、7世紀後半の日本の経済や文化をより深く理解することができるでしょう。今後の研究の進展が期待されます。

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