熊 (戯曲)

アントン・チェーホフ作 喜劇『熊』

『熊』（くま、露：Медведь）は、ロシアの劇作家アントン・チェーホフによって1888年に執筆された一幕の喜劇です。初演は同年10月28日にモスクワのコルシ劇場で行われました。

登場人物

エレーナ・イワーノヴナ・ポポーワ（Елена Ивановна Попова）：若い地主の未亡人。両頬のえくぼが特徴。
グリゴーリー・ステパノヴィチ・スミルノフ（Григорий Степанович Смирнов）：中年で粗野な地主。
ルカー（Лука）：ポポーワ家に仕える老召使。

あらすじ

物語は、夫を亡くして7ヶ月になるポポーワが、喪に服して家に引きこもっている場面から始まります。召使のルカーが外へ出るように促しますが、彼女は全く耳を傾けません。ルカーが馬車を勧めても、ポポーワは夫の愛馬を思い出し、悲しみに暮れます。そこに、突然の訪問者、スミルノフが現れます。

スミルノフは、ポポーワの亡夫に貸した1200ルーブルの返済を求めてきました。彼は今日中に返済が必要だと主張し、ポポーワは明日執事が帰宅次第支払うと答えますが、スミルノフは譲りません。平行線の議論は、やがてお互いの男性観、女性観を激しくぶつけ合う口論へと発展します。

激昂したポポーワはスミルノフを「粗暴な熊」と罵ります。これにスミルノフは逆上し、決闘を申し込むという展開に。ポポーワは夫のピストルを取りに行きますが、実はピストルの扱い方を知りませんでした。スミルノフはポポーワの勝気な姿に、今まで抱いていた怒りが、恋心へと変わっていくのを感じます。

ピストルの扱い方をスミルノフに教えてもらったポポーワは、彼を庭に呼び出し決闘を挑みます。しかし、スミルノフは空に向けてピストルを撃ち、ポポーワに愛の告白をします。ポポーワは当初、この告白を拒絶しますが、スミルノフが諦めかけた時、彼を呼び止めます。お互い煮え切らない態度を取り続けた後、ついにスミルノフはポポーワにキスをします。

この様子を見ていた召使いたちはあっけにとられ、ポポーワはルカーに、愛馬に与える予定だったエンバクはもう必要ないと伝えます。物語は、激しい口論から始まった二人の関係が、思いがけない形で結ばれるという、喜劇的な結末を迎えます。

日本語訳書（一部）

米川正夫訳『チェーホフ戯曲全集 上巻』（岩波書店、1926年）
神西清訳『チェーホフ一幕物全集』（岩波文庫、1939年）
松下裕訳『チェーホフ全集 11』（筑摩書房、1988年）
浦雅春訳『桜の園/プロポーズ/熊』（光文社古典新訳文庫、2012年）

備考

この作品は、他のチェーホフ作品と共に、様々な形で翻案・上演されています。

1935年、ロシアの演出家メイエルホリドは本作と他のチェーホフ作品を組み合わせた3幕の劇を制作。
1938年、ソビエト連邦で本作を原作とする映画が上映。
1950年、アメリカのテレビドラマシリーズで本作を原作とする作品が放送。
1959年、日本の文化放送で本作品を翻案したラジオドラマが放送。
1979年、本作をベースとしたミュージカル作品が初演。

外部リンク

* 『熊』：新字新仮名 - 青空文庫（神西清訳）


チェーホフの『熊』は、登場人物たちのユーモラスなやり取りを通して、人間の複雑な感情や、予期せぬ恋の始まりを描いた、魅力的な作品です。

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