牛の峠

牛の峠：歴史と境界論争の舞台

牛の峠は、宮崎県日南市酒谷甲と三股町樺山の境界に位置する峠であり、その南西には山が隣接しています。この地域は鰐塚山地の南西部に属し、山頂は日南市域から少し離れた都城市と三股町の境界に聳えています。峠の境界には、塚石と呼ばれる標柱が設置されています。

歴史

江戸時代以前、峠道は現在の経路から南西に数百メートル離れた山頂近くにありました。この旧道は、伊東氏が利用したことから「殿様道」とも呼ばれていました。その後、馬車が通行できる新しい峠道が開かれ、昭和初期に国道222号線が開通するまで、南那珂地域と都城盆地を結ぶ重要な生活道路として利用されていました。また、この峠には、山女（やまおなご）と呼ばれる長い髪の妖怪が出没したという言い伝えも残されています。

牛の峠境界論争

江戸時代初期、日向国南部では、飫肥藩と薩摩藩が境界を巡って対立していました。境界線は鰐塚山から牛の峠へと続く分水嶺とされていましたが、特に分水嶺の南東斜面は日照時間が長く、木材資源が豊富だったため、両藩にとって重要な場所でした。

1627年（寛永4年）、飫肥藩主の伊東祐慶は、牛の峠の南東斜面での伐採を指示しました。これに対し、薩摩藩三股の住民は、そこが自分たちの土地であると主張し、木材の搬出を拒否しました。薩摩藩は、鰐塚山から板谷、槻之河内川、三角石を経て牛の峠に至る谷沿いの境界線を主張し、一方、飫肥藩は、鰐塚山から櫨ヶ峠、柳岳を経て牛の峠に至る尾根沿いの境界線を主張しました。両藩で現地検分が行われましたが、結論は出ませんでした。この際、薩摩藩の家老である比志島国隆が武力で威嚇したため、後に流罪となり、切腹させられるという事件も起こりました。

1633年（寛永10年）、江戸幕府の巡検使が現地を視察し、飫肥藩の主張を支持しました。薩摩藩は、領域南西部の牛の峠付近については飫肥藩の主張を認めましたが、北東部の北河内付近については納得せず、論争は継続されることになりました。ちなみに、当時の飫肥藩主である祐慶の母は、江戸幕府大奥の按察使局の従姉妹であり、祐慶の次男である祐豊は徳川家光の小姓を務めていました。

1644年（正保元年）、徳川家光が国絵図の作成を指示し、日向国絵図は薩摩藩が担当することになりました。1646年（正保3年）、日向国の諸藩が薩摩藩に出向いて境界を確認し、飫肥藩と薩摩藩は北河内付近の境界線を未定とすることで合意しました。しかし、薩摩藩は、幕府から住民の意向を確認するよう指示されたことを根拠に、問題の場所を諸県郡（薩摩藩領）として絵図を作成しました。飫肥藩は抗議しましたが受け入れられず、絵図は1649年（慶安4年）に幕府に提出されました。

1657年（明暦3年）、明暦の大火で江戸城が焼失し、薩摩藩は再建のために木材を調達することになりました。この際、論争地での伐採が行われましたが、飫肥藩が木材の搬出を拒否したため、両藩は論争地への立ち入りを禁止しました。

1667年（寛文7年）、飫肥藩は幕府の巡見使に訴えましたが取り上げられず、1673年（延宝元年）に提訴することを決定しました。その後、両藩での話し合いも行われましたが、論争は平行線のままでした。

1674年（延宝2年）、北河内の百姓名義で幕府に訴訟書が提出されました。双方事前に協議の上、書類を準備し、1675年（延宝3年）に江戸へ向かいました。1675年6月14日、幕府評定所にて協議が開始され、薩摩藩側は文明年間の島津家記録『文明記』と現地にある神木像を証拠として主張しましたが、幕府はいずれも証拠として認めませんでした。

1675年（延宝3年）11月22日、江戸幕府は飫肥藩側の主張を認め、飫肥藩が勝訴、薩摩藩が敗訴という形で両藩の境界が確定しました。

牛の峠は、単なる峠道としてだけでなく、歴史的な境界論争の舞台としても重要な場所であり、その歴史を今に伝えています。

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