環境決定論

環境決定論とは

環境決定論は、人間の社会や文化が、その地域の自然環境によって決定されるとする考え方です。この理論は、地理学において、人間と自然環境の関係を理解しようとする試みの中で生まれました。

環境決定論の概要

環境決定論の基本的な考え方は、ある特定の自然環境が存在すれば、世界のどこであっても同様の人間活動が見られる、というものです。例えば、特定の気候条件を持つ地域では、同じような文化や生活様式が発達すると考えます。この考え方は、地域間の文化や社会の違いを、自然環境の違いによって説明しようとするものです。

環境決定論の起源

環境決定論の提唱者として知られるのは、ドイツの地理学者フリードリヒ・ラッツェルです。彼は、人間活動が自然環境の影響を強く受けると考え、特に気候が人間に与える影響を重視しました。しかし、ラッツェル自身が自身の理論を「環境決定論」と呼んでいたわけではありません。この用語は、後の歴史学者リュシアン・フェーブルによって用いられるようになりました。

環境決定論の発展

ラッツェルの理論は、他の地理学者にも影響を与え、エレン・センプルやエルズワース・ハンティントンなどの学者によって発展しました。彼らは、環境が人間の文化や文明に与える影響を具体的に示そうとしました。特に、ハンティントンは「気候と文明の関係」を研究し、気候が人間の活動能力や文明の発展に影響を与えるという説を唱えました。

環境決定論への批判

しかし、環境決定論は、その単純な因果関係の主張から、多くの批判を受けました。特に、人間が自然環境に受動的に従属するだけでなく、文化や技術によって自然を変化させる能力を持つことが認識されるようになると、環境決定論は時代遅れの理論と見なされるようになりました。文化地理学は、環境決定論を克服する方法の一つとして発展しました。

また、環境決定論が、人種差別や帝国主義を正当化するために利用されたという歴史的な経緯も、この理論に対する批判を強める要因となりました。環境決定論は、特定の民族や文化が、特定の自然環境に適応した結果として、他の民族や文化よりも優れていると主張するために利用されることがあったのです。

ラッツェルの環境決定論

ラッツェルは、気候が人間に与える影響が大きいと考えましたが、その影響は直接的なものではなく、経済的・社会的関係を媒介して現れるとしました。また、彼は、民族が土地の反映であるという考え方を誇張だとし、諸民族が可変性を持つことを認識していました。ラッツェルの主張は、環境決定論的な側面を持ちながらも、その後の研究によって、より複雑な人間と自然の関係を捉えようとする試みにつながりました。

環境決定論の歴史的展開

人間と自然環境の関係は、古代から議論されてきたテーマです。アリストテレスやストラボンなどの古代の学者も、気候と文化の関係について言及しています。ルネサンス期以降のヨーロッパでは、自然科学の発展とともに、環境決定論的な考え方が広まりました。モンテスキューも、自然環境が人間の精神や肉体に与える影響を論じています。

近代に入ると、フンボルトやリッターなどの地理学者が現れ、自然科学的手法を用いて地理学を体系化しようとしました。ラッツェルは、ダーウィンの進化論の影響を受け、『人類地理学』を著し、環境決定論的な観点から人間活動を説明しようとしました。しかし、ラッツェルの考え方は弟子たちによって強調されすぎ、環境可能論を主張するブラーシュからの批判を招きました。ブラーシュは、自然環境の制約を認めつつも、それだけで人間行動が決定されるわけではないと主張しました。

環境決定論の普及と政治利用

ラッツェルの理論は、アメリカなどにも広まり、センプルやハンティントンなどの学者によって支持されました。しかし、環境決定論は、政治的なプロパガンダにも利用されやすく、地政学の分野で、国家の領土拡張や民族の優位性を正当化するために用いられました。その結果、環境決定論は、批判の対象となり、地理学の分野ではタブー視されるようになりました。

環境決定論の否定と見直し

戦後、環境決定論は帝国主義を肯定するものとして激しく非難されました。しかし、近年、環境問題への関心が高まるにつれて、気候と文化の関係が再び研究されるようになりました。また、遺伝学や栄養学の分野でも、環境決定論的な側面が再評価されつつあります。ただし、環境決定論的な考え方を過度に重視することは、人間の主体性を否定することにつながりかねないため、注意が必要です。

分布の一致と環境決定論

地図を使った説明では、しばしば分布の一致をもって両者に関係がある、とすることがあります。ハンティントンは、気候的指数と文明度の分布が一致することから、気候が文明を決定すると結論付けました。しかし、この考え方は、環境決定論的な考え方として批判されました。また、文明の高低差に見られる差別意識も問題視されました。

地理学以外の環境決定論

環境決定論は、地理学以外の分野でも見られます。組織論では、組織の構造やプロセスを環境に適合させることで業績を向上させるという考え方が、環境決定論的な考え方として知られています。また、性格形成の分野では、人間の性格が環境によって形成されるという考え方も、環境決定論の一種と見なされます。生物学では、生物が環境によって変化していくという考え方が、環境決定論的な考え方として挙げられます。心理学では、人間の行動が外的な力によって決定されるという考え方があります。

ネオ環境決定論

近年では、グローバリゼーションや資源不足の問題から、ネオ環境決定論とも言える考え方が現れています。これは、環境が経済発展や文明の発展に大きな影響を与えるという考え方であり、新たな視点から環境と人間の関係を捉えようとするものです。

まとめ

環境決定論は、人間と自然環境の関係を理解するための重要な概念ですが、その単純な因果関係の主張や、政治利用された歴史的背景から、批判の対象となってきました。しかし、近年では、環境問題への関心の高まりから、環境と人間の関係を再考する動きが見られます。環境決定論の歴史を理解することは、現代における人間と自然の関係を考える上で、重要な示唆を与えてくれるでしょう。

もう一度検索